亜急性硬化性全脳炎(SSPE)(指定難病24)
○ 概要
1.概要
亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)は変異麻疹ウイルスによる中枢神経系の遅発性ウイルス感染である。
なお、遅発性ウイルス感染症とは、通常のウイルス感染症の感染様式とは異なり、ウイルスに罹患後数年の長い潜伏期間をもって発症し、特定の臓器に限定し、亜急性の進行性の経過をとる特異な感染症である。ヒトでは、麻疹ウイルスによる亜急性硬化性全脳炎とJCウイルスによる進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)が知られている。
2.原因
SSPEの発症に関連する麻疹ウイルスは、ウイルスの構成蛋白であるエンベロープを内側から裏打ちするM蛋白や細胞への融合時に作用するF蛋白などに構造的又は機能的異常を有することが明らかにされた。これらのウイルス側の要因に加え、免疫応答の脆弱性などの宿主側の要因が関連して発症すると考えられるが、持続感染の機構については解明されていない。
3.症状
麻疹感染後数年~十数年の潜伏期間を経て発症する。1歳以下の麻疹罹患であることが多い。ときに、麻疹罹患の既往がない例や、麻疹ワクチン接種数年後に発症した例が知られている。SSPEは比較的定型的な臨床的経過をとる。通常4期(Jabbourの分類)に分けられている。
I期
性格変化、周囲への無関心、意欲の低下、成績の低下、軽度の知的低下などで気づかれる。ときに痙攣発作、失立発作を呈することもある。
II期
周期的な四肢のミオクローヌスが認められるのが特徴的である。知的能力、精神活動は低下し、歩行障害など運動能力も低下する。
III期
知的退行は著明となる。運動障害は進行し、座位も難しくなり、進行し臥位となる。経口の食事摂取も次第に困難となってくる。自律神経症状として異常な発汗、不規則な発熱、口腔内の分泌亢進が著明となる。また、ミオクローヌスの動きも激しくなる。
IV期
昏睡状態で、両上肢を屈曲し両下肢を進展した除皮質肢位、両上肢も伸展回内した除脳肢位をとる。ミオクローヌスは減弱ないしは消失する。
全経過は数年であるが、数か月で4期にいたる急性型(約10%)、数年以上の経過を示す慢性型(約10%)が見られる。最近の治療により、改善を示す例、進行が遅くなる例が見られるようになった。
4.治療法
現在、決定的な治療法は確立されていないが、イノシンプラノベクス(イソプリノシン)の経口投与、インターフェロンαの髄注あるいは脳室内投与が行われている。最近では、リバビリンの脳室内投与も試みられている。
5.予後
上記の治療を行うことにより、症状の進行が抑えられたり、改善を示す例が見られるようになり、従来に比し死亡までの期間は著しく延長した。しかし、治癒することはまれであり、一般的には予後不良である。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
約100人
2.発病の機構
不明(変異麻疹ウイルスが原因とされているが詳細な発症機序は不明である。)
3.効果的な治療方法
未確立(根治的な治療方法はない。)
4.長期の療養
必要(進行性で慢性の経過をとる。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
Jabbourの臨床病期分類を用いて、I期以上のものを対象とする。
○ 情報提供元
「プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班」
研究代表者 金沢大学医薬保健研究域医学系脳老化・神経病態学(神経内科学) 教授 山田正仁
<診断基準>
Definite、Probableであるものを対象とする。
1.診断のカテゴリー
大項目 | |
(1)麻疹抗体 | 脳脊髄液(CSF)中麻疹抗体高値 |
(2)臨床症状 | 典型:急速進行型、亜急性進行型、緩徐進行型、慢性再発−寛解型 |
非典型:症状が痙攣のみの例、I期が遷延する例、乳児あるいは成人例 | |
小項目 | |
(3)脳波 | 周期性同期性放電(periodic synchronous discharge:PSD) |
(4)脳脊髄液検査 | 脳脊髄液IgG-indexの上昇 |
(5)脳生検 | 全脳炎の所見 |
(6)分子生物学的診断 | 変異麻疹ウイルスゲノム同定 |
Definite:大項目(1)+(2)(典型)に加え、小項目(3)~(6)の少なくとも1つ。
大項目(1)+(2)(非典型)に加え、小項目(5)、(6)の少なくとも1つ。
Probable:大項目(1)+(2)(典型)
Possible:大項目(1)+(2)(非典型)
2.検査所見
(1)血清麻疹抗体高値(酵素免疫抗体法、赤血球凝集抑制反応、中和反応または補体結合反応のいずれかによる。)
(2)脳脊髄液麻疹抗体高値(酵素免疫抗体法、赤血球凝集抑制反応、中和反応または補体結合反応のいずれかによる。)
(3)脳脊髄液IgG-index(=[脳脊髄液IgG濃度÷血清IgG濃度]÷[脳脊髄液アルブミン濃度÷血清アルブミン濃度])の上昇
(4)脳波の周期性同期性放電(PSD):数秒から十数秒の周期で出現する高振幅徐波群発
(5)X線CT、MRIで大脳白質のX線低吸収域やMRI-T2高信号域(II期以後)、大脳皮質の萎縮(III期以後)などの描出
以下、特殊な場合として、
(6)脳生検組織で炎症所見、細胞核内封入体、電顕による変異麻疹ウイルスヌクレオカプシド、蛍光抗体法による変異麻疹ウイルス抗原の証明
(7)脳からの変異麻疹ウイルスの分離
(8)ハイブリダイゼーション法による変異麻疹ウイルス・ゲノムの脳内における証明
(PCR法ではSSPEでない者の脳でもしばしば陽性となるので、SSPEの診断にはあまり役立たない。)
3.鑑別診断
(1)早期には、てんかん、心因反応、精神病
(2)大脳灰白質変性症、特に広義の進行性ミオクローヌスてんかん
(3)大脳白質変性症、特に副腎白質ジストロフィー
(4)その他の亜急性及び慢性脳炎
4.合併症
病期の進行とともに、重症心身障害に一般的にみられる合併症が加わる。
(1)筋緊張亢進、関節拘縮
(2)睡眠時閉塞性無呼吸及び分泌物過多による呼吸障害
(3)胃食道逆流現象(嘔吐、吐血)
<重症度分類>
I期以上のものを対象とする。
Jabbourの臨床病期分類
I期: 性格変化(無関心、反抗的など)、行動異常、睡眠障害、記銘力低下、学力低下等の、比較的軽微な精神神経症状が緩徐に進行する。
II期: 全身強直発作、失立発作、複雑部分発作などの痙攣発作や運動機能低下、不随意運動といった運動徴候が出現する。特徴的な不随意運動としては、ミオクローヌスが挙げられる。
III期: 意識障害が進行し、徐々に反応不良となり昏睡に至る。臥床状態で後弓反張、除脳硬直などの異常肢位をとるようになる。呼吸、循環、体温など自律神経機能も侵される。
IV期: ミオクローヌスはほとんど消失し、驚愕発作、Moro様反射などの原始反射が出現する。最終的に無動性無言となる。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- プリオン病及び遅発性ウィルス感染症に関する調査研究班
- 「ガイドライン」のページに2023年に作成された「亜急性硬化性全脳炎(SSPE)診療ガイドライン2023」を掲載いたしました。(医療従事者向け)