多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)
(1)線条体黒質変性症
(2)オリーブ橋小脳萎縮症
(3)シャイ・ドレーガー症候群
○ 概要
1.概要
多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)は成年期(30歳以降、多くは40歳以降)に発症し、組織学的には神経細胞とオリゴデンドログリアに不溶化したαシヌクレインが蓄積し、進行性の細胞変性脱落を来す疾患である。初発から病初期の症候が小脳性運動失調であるものはオリーブ橋小脳萎縮症(olivopontocerebellar atrophy:OPCA)、パーキンソニズムであるものは線条体黒質変性症、そして特に起立性低血圧など自律神経障害の顕著であるものはシャイ・ドレーガー症候群と各々の原著に従い称されてきた。いずれも進行するとこれら三大症候は重複してくること、画像診断でも脳幹と小脳の萎縮や線条体の異常等の所見が認められ、かつ組織病理も共通していることから多系統萎縮症と総称されるようになった。
2.原因
MSAは小脳皮質、橋核、オリーブ核、線条体、黒質、脳幹や脊髄の自律神経核に加えて大脳皮質運動野などの神経細胞の変性、オリゴデンドログリア細胞質内の不溶化したαシヌクレインからなる封入体(グリア細胞質内封入体:GCI)を特徴とするが、神経細胞質内やグリア・神経細胞核内にも封入体が見られる。ほとんどは孤発例であるが、ごくまれに家族内発症が見られ、その一部では遺伝子変異が同定されている。現在、発症機序について封入体や遺伝要因を手がかりに研究が進められているが、まだ十分には解明されていない。
3.症状
我が国で最も頻度の高い病型はOPCAである。OPCAは中年以降に起立歩行時のふらつきなどの小脳性運動失調で初発し主要症候となる。初期には皮質性小脳萎縮症との区別が付きにくく、二次性小脳失調症との鑑別が重要である。線条体黒質変性症は、筋強剛、無動、姿勢反射障害などの症候が初発時より見られるので、パーキンソン病との鑑別を要する。パーキンソン病と比べて、安静時振戦が少なく、進行は早く、抗パーキンソン病薬が効きにくい。起立性低血圧や排尿障害など自律神経症候で初発するものは、シャイ・ドレーガー症候群とよばれる。その他、頻度の高い自律神経症候としては、勃起障害(男性)、呼吸障害、発汗障害などがある。注意すべきは睡眠時の喘鳴や無呼吸などの呼吸障害であり、早期から単独で認められることがある。呼吸障害の原因として声帯外転障害が知られているが、呼吸中枢の障害によるものもあるので気管切開しても突然死があり得ることに注意して説明が必要である。いずれの病型においても、経過と共に小脳症候、パーキンソニズム、自律神経障害は重複し、さらに錐体路徴候を伴うことが多い。自律神経障害で発症して数年を経過しても、小脳症候やパーキンソニズムなど他の系統障害の症候を欠く場合は、他の疾患との鑑別を要する。
多系統萎縮症は頭部のX線CTや MRI で、小脳、橋(特に底部)の萎縮を比較的早期から認める。この変化をとらえるには T1強調画像矢状断が有用である。また、T2強調画像水平断にて、比較的早期から橋中部に十字状の高信号(十字サイン)、中小脳脚の高信号化が認められる。これらの所見は、診断的価値が高い。被殻の萎縮や鉄沈着による被殻外側部の直線状のT2高信号、被殻後部の低信号化などもよく認められる。
4.治療法
パーキンソン症候があった場合は、抗パーキンソン病薬は、初期にはある程度は有効であるので治療を試みる価値はある。また、自律神経症状や小脳失調症が加わってきたときには、それぞれの対症療法を行う。呼吸障害には非侵襲性陽圧換気法などの補助が有用で、気管切開を必要とする場合がある。嚥下障害が高度なときは胃瘻が必要となることも多い。リハビリテーションは残っている運動機能の活用、維持に有効であり積極的に勧め、日常生活も工夫して寝たきりになることを少しでも遅らせることが大切である。
5.予後
多系統萎縮症では線条体が変性するので、パーキンソン病に比べて抗パーキンソン病薬は効きが悪い。また、小脳症状や自律神経障害も加わってくるため全体として進行性に増悪することが多い。我が国での230人の患者を対象とした研究結果では、それぞれ中央値として発症後平均約5年で車椅子使用、約8年で臥床状態となり、罹病期間は9年程度と報告されている。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(平成24年度医療受給者証保持者数)
11,733人
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(根治的治療はない。)
4.長期の療養
必要(進行性に増悪する。)
5.診断基準
あり(現行の特定疾患治療研究事業の診断基準を改訂)
6.重症度分類
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
○ 情報提供元
神経・筋疾患調査研究班(運動失調症) 「運動失調症の医療基盤に関する研究班」
研究代表者 国立精神・神経医療研究センター 理事長・総長 水澤英洋
<診断基準>
Definite MSA、Probable MSA、Possible MSAを対象とする。
1.共通事項
成年期(>30歳以降)に発症する。主要症候は小脳症候、パーキンソニズム、自律神経障害である。発病初期から前半期にはいずれかの主要症候が中心となるが、進行期には重複してくる。ほとんどは孤発性であるが、ごくまれに家族発症が見られることがある。
2.主要症候
①小脳症候:歩行失調(歩行障害)と声帯麻痺、構音障害、四肢の運動失調又は小脳性眼球運動障害
②パーキンソニズム:筋強剛を伴う動作緩慢、姿勢反射障害(姿勢保持障害)が主で(安静時)振戦などの不随意運動はまれである。特に、パーキンソニズムは本態性パーキンソン病と比較してレボドパへの反応に乏しく、進行が早いのが特徴である。例えば、パーキンソニズムで発病して3年以内に姿勢保持障害、5年以内に嚥下障害をきたす場合はMSAの可能性が高い。
③自律神経障害:排尿障害、頻尿、尿失禁、頑固な便秘、勃起障害(男性の場合)、起立性低血圧、発汗低下、睡眠時障害(睡眠時喘鳴、睡眠時無呼吸、REM睡眠行動異常(RBD))など。
④錐体路徴候:腱反射亢進とバビンスキー徴候・チャドック反射陽性、他人の手徴候/把握反射/反射性ミオクローヌス
⑤認知機能・ 精神症状:幻覚(非薬剤性)、失語、失認、失行(肢節運動失行以外)、認知症・認知機能低下
3.画像検査所見
①MRI/CT:小脳・脳幹・橋の萎縮を認め※、橋に十字状のT2高信号、中小脳脚のT2高信号化を認める。被殻の萎縮と外縁の直線状のT2高信号、鉄沈着による後部の低信号化を認めることがある。(※X線CTで認める小脳と脳幹萎縮も、同等の診断的意義があるが、信号変化を見られるMRIが望ましい。)
②脳PET/SPECT:小脳・脳幹・基底核の脳血流・糖代謝低下を認める。黒質線条体系シナプス前ドパミン障害の所見を認めることがある。
4.病型分類
初発症状による分類(MSAの疾患概念が確立する以前の分類)
オリーブ橋小脳萎縮症:小脳性運動失調で初発し、主要症候であるもの
線条体黒質変性症:パーキンソニズムで初発し、主要症候であるもの
シャイ・ドレーガー症候群:自律神経障害で初発し、主要症候であるもの
国際的Consensus criteriaによる分類(Gilman分類)
MSA-C:診察時に小脳性運動失調が主体であるもの
MSA-P:診察時にパーキンソニズムが主体であるもの
5.診断のカテゴリー
①Possible MSA:パーキンソニズム(筋強剛を伴う運動緩慢、振戦若しくは姿勢反射障害)又は小脳症候(歩行失調、小脳性構音障害、小脳性眼球運動障害、四肢運動失調)に自律神経症候(②の基準に満たない程度の起立性低血圧や排尿障害、睡眠時喘鳴、睡眠時無呼吸若しくは勃起不全)を伴い、かつ錐体路徴候が陽性であるか、若しくは画像検査所見(MRI若しくはPET・SPECT)で異常を認めるもの。
②Probable MSA:レボドパに反応性の乏しいパーキンソニズムもしくは小脳症候のいずれかに明瞭な自律神経障害を呈するもの(抑制困難な尿失禁、残尿などの排尿力低下、勃起障害、起立後3分以内において収縮期血圧が30mmHgもしくは拡張期血圧が15mmHg以上の下降、のうちの1つを認める。)。
③Definite MSA:病理学的に確定診断されたもの。
6.鑑別診断
皮質性小脳萎縮症、遺伝性脊髄小脳変性症、二次性小脳失調症、パーキンソン病、皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺、レビー小体型認知症、ニ次性パーキンソニズム、純粋自律神経不全症、自律神経ニューロパチーなど。
<重症度分類>
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
日本版modified Rankin Scale(mRS)判定基準書 |
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modified Rankin Scale |
参考にすべき点 |
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0 |
全く症候がない |
自覚症状及び他覚徴候が共にない状態である |
1 |
症候はあっても明らかな障害はない: |
自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である |
2 |
軽度の障害: |
発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である |
3 |
中等度の障害: |
買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である |
4 |
中等度から重度の障害: |
通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である |
5 |
重度の障害: |
常に誰かの介助を必要とする状態である |
6 |
死亡 |
日本脳卒中学会版
食事・栄養(N)
0.症候なし。
1.時にむせる、食事動作がぎこちないなどの症候があるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.食物形態の工夫や、食事時の道具の工夫を必要とする。
3.食事・栄養摂取に何らかの介助を要する。
4.補助的な非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)を必要とする。
5.全面的に非経口的栄養摂取に依存している。
呼吸(R)
0.症候なし。
1.肺活量の低下などの所見はあるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.呼吸障害のために軽度の息切れなどの症状がある。
3.呼吸症状が睡眠の妨げになる、あるいは着替えなどの日常生活動作で息切れが生じる。
4.喀痰の吸引あるいは間欠的な換気補助装置使用が必要。
5.気管切開あるいは継続的な換気補助装置使用が必要。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。