顕微鏡的多発血管炎(指定難病43)
○ 概要
1.概要
1994年にChapel Hillで開かれた国際会議において、それまで結節性多発動脈炎(polyarteritis nodosa:PAN)と診断されていた症例のうち、中型の筋性動脈に限局した壊死性血管炎のみが結節性多発動脈炎と定義され、小血管(毛細血管、細小動・静脈)を主体とした壊死性血管炎は別の疾患群として区別された。後者は、血管壁への免疫複合体沈着がほとんどみられないことと抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)陽性率が高いことを特徴とし、ANCA関連血管炎症候群と定義された。このうち、肉芽腫性病変のみられないものが顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis:MPA)と定義され、多発血管炎性肉芽腫症や好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と区別される。男女比はほぼ1:1で、好発年齢は55~74歳と高齢者に多い。年間発症率は日本で18.2人/百万人、ドイツでは3人/百万人、英国では8.4人/百万人と報告されている。
2.原因
原因はいまだに不明である。しかし、好中球の細胞質に含まれる酵素タンパク質であるミエロペルオキダーゼ(MPO)に対する自己抗体(MPO-ANCA)が高率に検出されることから、他の膠原病と同様に自己免疫異常が背景に存在すると考えられており、このANCAが小型血管の炎症に関わることが分かってきた。日本人集団における遺伝的素因として、HLA-DRB1*0901はMPAと関連し、HLA-DRB1*13:02はMPAの疾患抵抗性と関連する。
3.症状
発熱、体重減少、易疲労などの全身症状(約70%)とともに、組織の出血や虚血・梗塞による徴候が出現する。壊死性糸球体腎炎が最も高頻度であり、尿潜血、赤血球円柱と尿蛋白が出現し、血清クレアチニンが上昇する。数週間から数か月で急速に腎不全に移行することが多いので、早期診断が極めて重要である。結節性多発動脈炎に比べると高血圧は少ない(約30%)。その他高頻度にみられるのは、皮疹(約60%:紫斑、皮膚潰瘍、網状皮斑、皮下結節)、多発性単神経炎(約60%)、関節痛(約50%)、筋痛(約50%)などである。間質性肺炎(約25%)や肺胞出血(約10%)を併発すると咳、労作時息切れ、頻呼吸、血痰、喀血、低酸素血症を来す。心筋病変による心不全は約18%にみられるが、消化管病変は約20%と他のANCA関連血管炎に比べて少ない。
4.治療法
(1) 治療の目標は寛解の導入と維持である。診断、臓器障害・疾患活動性の評価に続いて寛解導入治療を行う。寛解達成後は、寛解維持治療を行う。(注1)
(2) 寛解導入治療では、副腎皮質ステロイド+シクロホスファミドを用いる(静注シクロホスファミドパルスが経口シクロホスファミドよりも優先される)。また、本疾患の治療に対して十分な知識・経験をもつ医師のもとで、リツキシマブの使用が適切と判断される症例においては、副腎皮質ステロイド+シクロホスファミドの代替として副腎皮質ステロイド+リツキシマブを用いても良い。シクロホスファミド、リツキシマブともに使用できない場合で、重症臓器病変がなく腎機能障害が軽微な症例では副腎皮質ステロイド+メトトレキサート*、それ以外の症例では副腎皮質ステロイド+ミコフェノール酸モフェチル*を用いる。
(3) 重症な腎障害を伴う症例の寛解導入治療では、副腎皮質ステロイド+シクロホスファミドに加え血漿交換を併用する。
(4) (2)において副作用リスクが高いと考えられる場合、限局型で重症臓器合併症がない場合、などでは、副腎皮質ステロイド単独で治療することがある。また、(3)において副作用リスクが高いと考えられる場合は、シクロホスファミドを併用せず副腎皮質ステロイド+血漿交換で治療することがある。
(5) 寛解維持治療では、副腎皮質ステロイドに加えアザチオプリンを併用する。寛解維持治療に用いる他の薬剤として、リツキシマブ、メトトレキサート*、ミコフェノール酸モフェチル*が選択肢となりうる。
(6) 再燃した場合、臓器障害・病態を評価したうえで、再度寛解導入治療を行う。
(7) 細菌感染症・日和見感染症対策を十分に行う。
*2021年現在保険適用外であることに留意する。
注1:治療内容を検討する際には、最新の診療ガイドラインを参考にすること。
5.予後
治療が行われないと生命に危険が及ぶ。できる限り早期に診断し、適切な寛解導入療法を行えば、多くの症例で寛解を達成できる。治療開始の遅れ、あるいは初期治療への反応性不良により、臓器の機能障害が残存する場合がある。腎不全を呈する患者では血液透析が必要となる。また、再燃の可能性があるので、定期的に専門医の診察と検査を受ける必要がある。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
9,486人
2.発病の機構
不明(自己免疫異常の関与が示唆される。)
3.効果的な治療方法
未確立(根治的治療なし。)
4.長期の療養
必要(再燃、寛解を繰り返し慢性の経過となる。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
顕微鏡的多発血管炎の重症度分類を用いて、1)又は2)の該当例を対象とする。
○ 情報提供元
難治性疾患等政策研究事業「難治性血管炎の医療水準・患者QOL向上に資する研究班」
研究代表者 東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病リウマチ内科学分野 針谷 正祥
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
【主要項目】
(1)主要症候
①急速進行性糸球体腎炎
②肺出血又は間質性肺炎
③腎・肺以外の臓器症状:紫斑、皮下出血、消化管出血、多発性単神経炎など
(2)主要組織所見
細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死、血管周囲の炎症性細胞浸潤
(3)主要検査所見
①MPO-ANCA 陽性
②CRP 陽性
③蛋白尿・血尿、BUN、血清クレアチニン値の上昇
④胸部X線所見:浸潤陰影(肺胞出血)、間質性肺炎
(4)診断のカテゴリー
①Definite
(a)主要症候の2項目以上を満たし、かつ組織所見が陽性の例
(b)主要症候の①及び②を含め2項目以上を満たし、MPO-ANCAが陽性の例
②Probable
(a)主要症候の3項目を満たす例
(b)主要症候の1項目とMPO-ANCA陽性の例
(5) 鑑別診断
①結節性多発動脈炎
②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症)
③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/チャーグ・ストラウス症候群)
④膠原病(全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど)
⑤IgA血管炎(旧称:ヘノッホ・シェーライン紫斑病)
⑥抗糸球体基底膜腎炎(旧称:グッドパスチャー症候群)
【参考事項】
(1)主要症候の出現する1~2週間前に先行感染(多くは上気道感染)を認める例が多い。
(2)主要症候①、②は約半数例で同時に、その他の例ではいずれか一方が先行する。
(3)多くの例でMPO-ANCAの力価は疾患活動性と平行して変動する。
(4)治療を早期に中止すると、再発する例がある。
(5)鑑別診断の諸疾患は、特徴的な症候と検査所見・病理組織所見から鑑別できる。
<重症度分類>
1)又は2)を認める場合を重症とする。
1)顕微鏡的多発血管炎による以下のいずれかの臓器障害を有する。
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腎臓 |
①又は②を満たす場合 |
肺 |
特発性間質性肺炎の重症度分類でIII度以上に該当*2、又は肺胞出血 |
心臓 |
NYHA2度以上の心不全徴候*3 |
眼 |
良好な方の眼の矯正視力が0.3未満 |
耳 |
両耳の聴力レベルが70デシベル以上、又は一側耳の聴力が90デシベル以上かつ他側耳の聴力レベルが50デシベル以上の聴力障害 |
平衡機能の著しい障害又は極めて著しい障害*4 |
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腸管 |
腸管梗塞、消化管出血 |
皮膚・軟部組織 |
四肢の梗塞・潰瘍・壊疽、又はそれらによる四肢の欠損・切断(部位は問わない) |
神経 |
脳血管障害により、modified Rankin Scaleで3以上*5 |
末梢神経障害により、徒手筋力テストで筋力3以下*6 |
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末梢神経障害による2肢以上の知覚異常 |
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肥厚性硬膜炎 |
2)血管炎の治療に伴う以下のいずれかの合併症を有し、かつ入院治療を必要とする。
・感染症 ・圧迫骨折 ・骨壊死 ・消化性潰瘍 ・糖尿病 ・白内障 ・緑内障 ・精神症状 |
*1 CKD重症度分類ヒートマップ
*2 特発性間質性肺炎の重症度分類
新重症度分類 |
安静時動脈血酸素分圧 |
6分間歩行時 SpO2 |
I |
80Torr 以上 |
90 %未満の場合はIIIにする |
II |
70Torr 以上 80Torr 未満 |
90 %未満の場合はIIIにする |
III |
60Torr 以上 70Torr 未満 |
90 %未満の場合はIVにする |
IV |
60Torr 未満 |
測定不要 |
※上記の重症度分類でⅢ度以上を重症とする。安静時動脈血酸素分圧でⅢ度以上の条件を満たせば6分間歩行は実施しなくても良い。
*3 NYHA心機能分類
クラス |
自覚症状 |
Ⅰ |
身体活動を制限する必要はない心疾患患者。通常の身体活動で、疲労、動悸、息切れ、狭心症状が起こらない。 |
Ⅱ |
身体活動を軽度ないし中等度に制限する必要のある心疾患患者。通常の身体活動で、疲労、動悸、息切れ、狭心症状が起こる。 |
Ⅲ |
身体活動を高度に制限する必要のある心疾患患者。安静時には何の愁訴もないが、普通以下の身体活動でも疲労、動悸、息切れ、狭心症状が起こる。 |
Ⅳ |
身体活動の大部分を制限せざるを得ない心疾患患者。安静時にしていても心不全症状や狭心症状が起こり、少しでも身体活動を行うと症状が増悪する。 |
NYHA: New York Heart Association
上記分類でII度以上を重症とする。
NYHA分類については、以下の指標を参考に判断することとする。
NYHA分類 |
身体活動能力 |
最大酸素摂取量 |
I |
6 METs以上 |
基準値の80%以上 |
II |
3.5~5.9 METs |
基準値の60~80% |
III |
2~3.4 METs |
基準値の40~60% |
IV |
1~1.9 METs以下 |
施行不能あるいは |
※NYHA分類に厳密に対応するSASはないが、「室内歩行2METs、通常歩行3.5METs、ラジオ体操・ストレッチ体操4METs、速歩5~6METs、階段6~7METs」をおおよその目安として分類した。
*4 身体障害認定の平衡機能障害
ア 「平衡機能の極めて著しい障害」(3級)とは、四肢体幹に器質的異常がなく、他覚的に平衡機能障害を認め、閉眼にて起立不能、又は開眼で直線を歩行中10m以内に転倒若しくは著しくよろめいて歩行を中断せざるを得ないものをいう。
イ 「平衡機能の著しい障害」(5級)とは、閉眼で直線を歩行中10m以内に転倒又は著しくよろめいて歩行を中断せざるを得ないものをいう。
ウ 平衡機能障害の具体的な例は次のとおりである。
a 末梢迷路性平衡失調
b 後迷路性及び小脳性平衡失調
c 外傷又は薬物による平衡失調
d 中枢性平衡失調
上記分類で、「平衡機能の著しい障害」、「平衡機能の極めて著しい障害」相当の障害を重症とする。
*5 modified Rankin Scale
日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書 |
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modified Rankin Scale |
参考にすべき点 |
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0 |
全く症候がない |
自覚症状及び他覚徴候がともにない状態である |
1 |
症候はあっても明らかな障害はない: |
自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である |
2 |
軽度の障害: |
発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である |
3 |
中等度の障害: |
買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である |
4 |
中等度から重度の障害: |
通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である |
5 |
重度の障害: |
常に誰かの介助を必要とする状態である |
6 |
死亡 |
日本脳卒中学会版
上記スケールで3以上を重症とする。
*6 徒手筋力テスト
0 |
筋肉の収縮が観察できない |
1 |
筋肉の収縮は観察できるが関節運動ができない |
2 |
運動可能であるが重力に抗した動きはできない |
3 |
重力に抗した運動が可能だが極めて弱い |
4 |
3と5の中間。重力に抗した運動が可能で中等度の筋力低下 |
5 |
正常筋力 |
注:一般に5段階評価と記載されるが、実際にはMMT 0 (筋収縮なし)が加わるため6段階評価となる。
MMT 4の範疇に入るが、やや筋力が強めと判断されるものは4+と表現する。
上記スケールで3以下を重症とする。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- ANCA関連血管炎の診療ガイドライン2023 診断と治療社
- ウエブ版血管炎病理アトラス https://www.vas-mhlw.org/html/pathology/index.html
- 市民公開講座「血管炎についてもっと知ろう:それぞれの病気の特徴と療養に役立つ知識」5)顕微鏡的多発動脈炎 https://www.vas-mhlw.org/html/shiminkoukaikouza.html
- 指定難病の臨床調査個人票を用いた解析結果:Nagasaka K. et al. Nation-wide survey of the treatment trend of microscopic polyangiitis and granulomatosis with polyangiitis in Japan using the Japanese Ministry of Health, Labour and Welfare Database. Mod Rheumatol. 2021 Oct 7:roab088. doi: 10.1093/mr/roab088. Epub ahead of print. PMID: 34918136.