原発性側索硬化症(指定難病4)
○ 概要
1.概要
原発性側索硬化症(primary lateral sclerosis:PLS)は、運動ニューロン疾患のうちで一次(上位)運動ニューロンのみが選択的、進行性に障害され、二次(下位)運動ニューロンは保たれる原因不明の疾患である。若年から中年以降にわたって幅広い年齢層に発症する。原発性側索硬化症は、一次運動ニューロン障害が前面に出た筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)との鑑別が困難な場合があり、前頭側頭葉変性症との関連を指摘する意見もある。しかし、数は少ないものの、PLSの剖検例はALSや前頭側頭葉変性症とは異なる病理像を示しており、これらとは異なる疾患と考えられる。一方、臨床的には家族歴の明らかでない遺伝性痙性対麻痺との鑑別は困難であり、この点に留意する必要がある。
運動ニューロン疾患のうち約1.6~4.4%がPLSと診断されている。我が国で2005年から2006年にかけて全国アンケート調査を実施したところ、日本での有病率は、筋萎縮性側索硬化症症例の2%という結果であった。
2.原因
本疾患の診断基準では家族歴がないということになっており、この基準を満たすものの原因については全く不明という現状である。なお、常染色体劣性遺伝を示す家族性筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子(ALS2)として同定されたalsinが、その後若年型PLS、遺伝性痙性対麻痺の原因遺伝子であるという報告もある。
3.症状
通常40歳以降に下肢の痙性対麻痺で発症する例が多いが、中には上肢、まれではあるが嚥下・構音障害等の仮性球麻痺症状で初発する例も報告されている。進行性だが、一般的に筋萎縮性側索硬化症に比べて進行は緩徐とされている。
筋萎縮や線維束性収縮は通常認められず、筋電図でも二次運動ニューロン障害を示す所見はないとされるが、罹病期間が長くなると軽度の二次運動ニューロン障害を示した症例も報告されている。
頭部画像では、萎縮が確認できない症例から中心前回に限局性した萎縮、前頭葉に広範な萎縮を認めた症例も報告されている。
4.治療法
根治的な治療はないが、痙縮に対して内服治療やリハビリテーションが行われる。
5.予後
筋萎縮性側索硬化症に比べて進行は緩徐といわれている。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
175人(研究班による)
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(根治的な治療はない。)
4.長期の療養
必要(進行性である。)
5.診断基準
あり(研究班による診断基準等あり。)
6.重症度分類
研究班によるALS重症度分類で2以上を医療費助成の対象とする。
○ 情報提供元
「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」
研究代表者 国立病院機構松江医療センター 院長 中島健二
<診断基準>
「Definite」および「Probable」を対象とする。
A:臨床像
1.痙性対麻痺、偽性球麻痺、上肢障害のいずれかで緩徐に発症
2.成人発症、通常は40歳代以降
3.孤発性(注:両親に血族婚のある症例は孤発例であっても原発性側索硬化症には含めない)
4.緩徐進行性の経過
5.3年以上の経過を有する。
6.神経症候はほぼ左右対称性で、錐体路(皮質脊髄路と皮質延髄路)の障害で生じる症候(痙縮、腱反射亢進、バビンスキー徴候、痙性構音障害=偽性球麻痺)のみを呈する。
B:検査所見(他疾患の除外)
1.血清生化学(含 ビタミンB12)が正常
2.血清梅毒反応と抗HTLV-1抗体陰性(流行地域では抗ボレリア・ブルグドルフェリ抗体(ライム(Lyme)病)も陰性であること。)
3.髄液所見が正常
4.針筋電図で脱神経所見がないか、少数の筋で筋線維収縮やinsertional activityの増大が時にみられる程度であること。
5.MRIで頸椎と大後頭孔領域で脊髄の圧迫性病変がみられない。
6.MRIで脳脊髄の高信号病変がみられない。
C:原発性側索硬化症を示唆する他の所見
1.膀胱機能が保たれている。
2.末梢神経刺激による複合筋活動電位が正常で、かつ中枢運動伝導時間(CMCT)が測れないか高度に延長している。
3.MRIで中心前回に限局した萎縮がみられる。
4.PETで中心溝近傍でのブドウ糖消費が減少している。
D:次の疾患が否定できる(鑑別すべき疾患)
筋萎縮性側索硬化症
遺伝性痙性対麻痺
脊髄腫瘍
HTLV-1関連脊髄症(HTLV-I-associated myelopathy:HAM)
多発性硬化症
連合性脊髄変性症(ビタミンB12欠乏性脊髄障害)
その他(アルコール性ミエロパチー、肝性ミエロパチー、副腎白質ジストロフィー、fronto-temporal dementia with Parkinsonism linked to chromosome 17(FTDP17)、ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー(Gerstmann-Straussler-Scheinker)症候群、遺伝性成人発症アレキサンダー病など)
診断のカテゴリー:
・Definite(確実例):
「Probable」の条件を満たし、かつ脳の病理学的検査で、中心前回にほぼ限局した変性を示す。
・Probable(臨床的にほぼ確実例):
臨床像として1.痙性対麻痺、偽性球麻痺、上肢障害のいずれかで緩徐に発症、2.成人発症、3.孤発性、4.緩徐進行性の経過、5.3年以上の経過、6.錐体路の障害で生じる症候のみを示し、B.検査所見の1~6が診断基準を満たし、鑑別すべき疾患を除外できる。
<重症度分類>
以下の重症度分類において、2以上を医療費助成の対象とする。
1.家事・就労はおおむね可能。
2.家事・就労は困難だが、日常生活(身の回りのこと)はおおむね自立。
3.自力で食事、排泄、移動のいずれか1つ以上ができず、日常生活に介助を要する。
4.呼吸困難・痰の喀出困難あるいは嚥下障害がある。
5.気管切開、非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)、人工呼吸器使用。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。