高安動脈炎(指定難病40)
○ 概要
1.概要
高安動脈炎は若い女性に好発し、大動脈及びその主要分枝や肺動脈、冠動脈に炎症性壁肥厚をきたし、またその結果として狭窄、閉塞または拡張病変を来す原因不明の非特異的大型血管炎である。狭窄または閉塞を来した動脈の支配臓器に特有の虚血障害、あるいは逆に拡張病変による動脈瘤がその臨床病態の中心をなす。病変の生じた血管領域により臨床症状が異なるため多彩な臨床症状を呈する。全身の諸臓器に多彩な病変を合併する。これまで高安動脈炎(大動脈炎症候群)とされていたが国際分類に沿って、高安動脈炎に統一した。また、橈骨動脈の脈拍の消失がよく見られるため、脈無し病とも呼ばれている。病名は、1908年に本疾患を発見した金沢大学眼科の高安右人博士の名に由来する。
2.原因
高安動脈炎の発症の機序は依然として不明であるが、何らかのウイルスなどの感染が本症の引き金になっている可能性がある。それに引き続いて、自己免疫的な機序により血管炎が進展すると考えられている。また、疾患感受性遺伝子としてHLA-B*52、HLA-B*67、IL12B、MLXが同定されている。
3.症状
男女比は1:8と女性に多い。発症のピークは女性では20歳前後であるが、中高年での発症例も稀でない。本邦では、大動脈弓及びその分枝血管に障害を引き起こすことが多い。狭窄ないし閉塞を来した動脈の支配臓器に特有の虚血障害、あるいは逆に拡張病変による動脈瘤がその臨床病態の中心をなす。病変の生じた血管の支配領域により臨床症状が異なるため多彩な臨床症状を呈する。本症には特異的な診断マーカーがなく、病初期より微熱又は高熱や全身倦怠感が数週間から数か月続く。そのため不明熱の鑑別のなかで本症が診断されることが多い。臨床症状のうち、最も高頻度に認められるのは、上肢乏血症状である。特に左上肢の脈なし、冷感、血圧低値を認めることが多い。上肢の挙上(洗髪、洗濯物干し)に困難を訴える女性が多い。頸部痛、上方視での脳虚血症状は本症に特有である。下顎痛から抜歯を受けることがある。本症の一部に認められる大動脈弁閉鎖不全症は本症の予後に大きな影響を与える。また、頻度は少ないが、冠動脈の狭窄病変により、狭心症または急性心筋梗塞を生じる場合もある。頸動脈病変による脳梗塞も生じうる。腹部血管病変も稀ならず認められ、腹腔動脈や腸間膜動脈などの狭窄・閉塞による腹痛などの症状や腎動脈狭窄から難治性高血圧による症状が生じうる。腹部大動脈や総腸骨動脈などの狭窄により、下肢血管乏血症状を生じうる。また10%程度に炎症性腸疾患を合併する。下血や腹痛を主訴とする。小児では成人よりも広範に罹患血管が分布し、腹部大動脈や腎動脈病変が高頻度で認められる。
病型分類(沼野らによる分類)
I型:大動脈弓分岐血管
II a型:上行大動脈、大動脈弓及びその分岐
II b型:IIa病変+胸部下行大動脈
III型:胸部下行大動脈、腹部大動脈、腎動脈
IV型:腹部大動脈、かつ/又は、腎動脈
V型:IIb + IV型(上行大動脈、大動脈弓及び
その分岐血管、胸部下行大動脈に加え、腹部大動脈、かつ/又は、腎動脈)
4.治療法
血管炎症候群の診療ガイドラインを参考に治療する(注1)。炎症の抑制を目的として副腎皮質ステロイド(初期量として0.5~1mg/kg/日)が用いられる。症状や検査所見が安定すれば漸減を開始する。漸減中に、約7割が再燃するとの報告がある。ステロイド抵抗性の症例、ステロイドの漸減に伴い再燃する症例、副作用への懸念からステロイドの早期減量が必要な症例においては、IL-6受容体阻害薬であるトシリズマブ(TCZ)、あるいはメトトレキサート*を中心とした免疫抑制薬の併用を検討する。また、動脈の狭窄・拡張病変を有する場合は血栓性合併症を生じる可能性があるため、抗血小板薬、抗凝固薬が併用される。外科的治療は特定の血管病変に起因する虚血症状が明らかで、内科的治療が困難と考えられる症例に適用される。炎症が沈静化してからの手術が望ましい。外科的治療の対象になる症例は全体の約20%である。脳乏血症状に対する頸動脈再建術が行われる。大動脈弁閉鎖不全症に対しては、大動脈弁置換術が行われる。大動脈瘤に対しては、ステントグラフト内挿術による血管内治療や人工血管置換術が行われる。急性期におけるステントグラフトを用いる血管内治療は高率に再狭窄を発症し成績は不良である。
また、大動脈縮窄症、腎血管性高血圧に対する血行再建術は、1)薬剤により有効な降圧が得られなくなった場合、2)降圧療法によって腎機能低下が生じる場合、3)うっ血性心不全を来した場合、4)両側腎動脈狭窄の場合である。いずれも緊急の場合を除いて、充分に炎症が消失してから外科的治療又は血管内治療を行うことが望まれる。
*2021年現在保険適用外であることに留意する。
注1:治療内容を検討する際には、最新の診療ガイドラインを参考にすること。
5.予後
MRI、CT、18FDG-PET/PET-CTによる検査の普及は本症の早期発見・早期治療を可能とし、予後が著しく改善された。多くの症例で長期の生存が可能になりQOLも向上してきている。血管狭窄を来す以前に診断されることも多くなった。予後を決定するもっとも重要な病変は、腎動脈狭窄や大動脈縮窄症による高血圧、大動脈弁閉鎖不全によるうっ血性心不全、心筋梗塞、解離性動脈瘤、動脈瘤破裂、脳梗塞である。したがって、早期からの適切な内科治療と重症例に対する適切な外科的治療、血管内治療によって長期予後の改善が期待できる。比較的短期間で炎症が沈静化して免疫抑制薬を離脱できる症例もあるが、長期投与が必要となることが多い。高安動脈炎は若い女性に好発するため、妊娠、出産が問題となるケースが多い。炎症所見がなく、重症臓器障害を認めず、心機能に異常がなければ基本的には妊娠・出産は可能である。しかし、一部の症例では妊娠・出産を契機として再燃することがある。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
4,463人
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(根治療法なし。)
4.長期の療養
必要(重篤な合併症や再燃がある。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
高安動脈炎の重症度分類を用いて、III度以上を対象とする。
○ 情報提供元
難治性疾患政策研究事業
難治性血管炎の医療水準・患者QOL向上に資する研究班(難治性血管炎班)
研究代表者 針谷正祥 (東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病内科学分野・教授)
<診断基準>
Definiteを対象とする。
A.症状等
1.全身症状:発熱、全身倦怠感、易疲労感、リンパ節腫脹(頸部)、若年者の高血圧 (140/90mmHg以上)
2.疼痛:頸動脈痛(carotidynia)、胸痛、背部痛、腰痛、肩痛、上肢痛、下肢痛
3.眼症状:一過性又は持続性の視力障害、眼前暗黒感、失明、眼底変化(低血圧眼底、高血圧眼底)
4.頭頸部症状:頭痛、歯痛、顎跛行※a、めまい、難聴、耳鳴、失神発作、頸部血管雑音、片麻痺
5.上肢症状:しびれ感、冷感、拳上困難、上肢跛行※b、上肢の脈拍及び血圧異常(橈骨動脈の脈拍減弱、消失、10mmHg以上の血圧左右差)、脈圧の亢進(大動脈弁閉鎖不全症と関連する)
6.下肢症状:しびれ感、冷感、脱力、下肢跛行、下肢の脈拍及び血圧異常(下肢動脈の拍動亢進あるいは減弱、血圧低下、上下肢血圧差※c)
7.胸部症状:息切れ、動悸、呼吸困難、血痰、胸部圧迫感、狭心症状、不整脈、心雑音、背部血管雑音
8.腹部症状:腹部血管雑音、潰瘍性大腸炎の合併
9.皮膚症状:結節性紅斑
※a 咀嚼により痛みが生じるため間欠的に咀嚼すること
※b 上肢労作により痛みや脱力感が生じるため間欠的に労作すること
※c「下肢が上肢より10~30mmHg高い」から外れる場合
B.画像検査所見
画像検査所見:大動脈とその第一次分枝※aの両方あるいはどちらかに検出される、多発性※bまたはびまん性の肥厚性病変※c、狭窄性病変(閉塞を含む)※dあるいは拡張性病変(瘤を含む)※d の所見
※a大動脈とその一次分枝とは、大動脈(上行、弓行、胸部下行、腹部下行)、大動脈の一次分枝(冠動脈を含む)、肺動脈とする。
※b多発性とは、上記の2つ以上の動脈または部位、大動脈の2区域以上のいずれかである。
※c肥厚性病変は、超音波(総頸動脈のマカロニサイン)、造影CT、造影MRI(動脈壁全周性の造影効果)、PET-CT(動脈壁全周性のFDG取り組み)で描出される。
※d狭窄性病変、拡張性病変は、胸部X線(下行大動脈の波状化)、CT angiography、 MR angiography、心臓超音波検査(大動脈弁閉鎖不全)、血管造影で描出される。上行大動脈は拡張し、大動脈弁閉鎖不全を伴いやすい。慢性期には、CTにて動脈壁の全周性石炭化、CT angiography、 MR angiographyにて側副血行路の発達が描出される。
画像診断上の注意点:造影CTは造影後期相で撮影。CT angiographyは造影早期相で撮影、三次元画像処理を実施。血管造影は通常、血管内治療、冠動脈・左室造影などを同時目的とする際に行う。
C.鑑別診断
動脈硬化症、先天性血管異常、炎症性腹部大動脈瘤、感染性動脈瘤、梅毒性中膜炎、巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)、血管型ベーチェット病、IgG4関連疾患
<診断のカテゴリー>
Definite: Aのうち1項目以上+ Bのいずれかを認め、Cを除外したもの。
(参考所見)
1.血液・生化学所見:赤沈亢進、CRP 高値、白血球増加、貧血
2.遺伝学的検査:HLA-B*52またはHLA-B*67保有
<重症度分類>
高安動脈炎の重症度分類
III度以上を対象とする。
I度 |
高安動脈炎と診断しうる自覚的(脈なし、頸部痛、発熱、めまい、失神発作など)、他覚的(炎症反応陽性、上肢血圧左右差、血管雑音、高血圧など)所見が認められ、かつ血管造影(CT、MRI、MRA、FDG-PETを含む)にても病変の存在が認められる。 |
II度 |
上記症状、所見が確認され、ステロイド剤を含む内科療法にて軽快あるいは経過観察が可能 |
III度 |
ステロイド剤を含む内科療法、あるいはインターベンション(PTA/EVT)、外科的療法にもかかわらず、しばしば再発を繰り返し、病変の進行、あるいは遷延が認められる。 |
IV度 |
患者の予後を決定する重大な合併症(大動脈弁閉鎖不全症、動脈瘤形成、腎動脈狭窄症、虚血性心疾患、肺梗塞)が認められ、強力な内科的、外科的治療を必要とする。 |
V度 |
重篤な臓器機能不全(うっ血性心不全、心筋梗塞、呼吸機能不全を伴う肺梗塞、脳血管障害(脳出血、脳梗塞)、虚血性視神経症、腎不全、精神障害)を伴う合併症を有し、厳重な治療、観察を必要とする。 |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
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2015-2016年度合同研究班による血管炎症候群の診療ガイドライン (日本循環器学会が公開しているガイドライン。高安動脈炎については9-28ページを参照)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_isobe_h.pdf - ウエブ版血管炎病理アトラス https://www.vas-mhlw.org/html/pathology/index.html
- 市民公開講座「血管炎についてもっと知ろう:それぞれの病気の特徴と療養に役立つ知識」2)高安動脈炎
https://www.vas-mhlw.org/html/shiminkoukaikouza.html - 高安動脈炎のお話し(PDF 1.47MB)
- あけぼの会講演「高安動脈炎」2014年11月30日(PDF 2.67 MB)