発作性夜間ヘモグロビン尿症(指定難病62)

ほっさせいやかんへもぐろびんにょうしょう
 

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○ 概要
 
1.概要
発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria, PNH)は、PIGAを含むGPIアンカー合成に関わる遺伝子に変異を持った造血幹細胞がクロ−ン性に拡大した結果、補体介在性血管内溶血を主徴とする造血幹細胞疾患である。再生不良性貧血を代表とする造血不全疾患としばしば合併・相互移行する。血栓症は本邦例ではまれではあるが、PNHに特徴的な合併症である。PNHは、昭和49(1974)年に溶血性貧血が特定疾患に指定されたことに伴い、研究対象疾患として取り上げられ、「溶血性貧血調査研究班」(班長 三輪史朗)によって組織的な研究が開始された。それから今日に至る40年にわたって歴代班長により疫学、病因、病態、診断、治療、予後など幅広い領域に関する調査研究が重ねられてきた。
診断時(初診時)年齢は、特発性造血障害に関する研究班の共同研究「PNH患者における臨床病歴と自然歴の日米比較調査」のデータによると、45.1歳(range:10~86)であった。診断時年齢分布は、20~60歳代に多くまんべんなく発症する。欧米例ではヘモグロビン尿、血栓症といったPNHの古典的症状が前面に出やすいのに対し、アジア例ではむしろ造血不全症状が主体である。
 
2.原因
PNH赤血球では、グリコシルホスファチジルイノシトール(glycosyl phosphatidylinositol:GPI)を介して膜上に結合する数種の蛋白が欠損している。補体制御蛋白もそのような蛋白の1つでありPNH赤血球で欠如しており、感染などにより補体が活性化されると、補体の攻撃を受けて溶血が起きる。この異常は、GPIの生合成を支配する遺伝子であるPIGA遺伝子などの変異の結果もたらされることが明らかにされた。すなわち、PNHは、造血幹細胞の遺伝子に生じた変異に起因するクローン性疾患である。
 
3.症状
補体介在性の血管内溶血とそれに伴うヘモグロビン尿、血栓症、骨髄不全を3大症状とし、その他にも、腹痛、嚥下障害、男性機能不全などの多彩な症状を示す。診断には、フローサイトメトリーを用いたPNHタイプ血球の検出が必須である。年に1回程度のフォローアップ検査が推奨される。非常に稀な疾患であり、治療薬(エクリズマブ、ラブリズマブ)の適応、妊娠時の管理にあたっては、高度な専門性のもとに医学管理を行う必要がある。
国際分類では、GPI アンカー型タンパク質の欠損赤血球が検出されればPNH とされるが、溶血所見が明らかでない微少PNH タイプ血球陽性の骨髄不全症(subclinical PNH: PNHsc)は、臨床的PNH とは区別する。PNHsc はPNH ではないが、経過観察中にPNH に移行することがある。このため、骨髄不全患者をみた場合には、高リスクMDS 例を除くすべての例に対して高感度フローサイトメトリーを行い、PNH タイプ血球の有無を調べる必要がある。

4.治療法
骨髄移植により異常クローンを排除し、正常クローンによって置き換えることが、現在のところ唯一の根本治療法であるが、明確な適応基準はない。これまでは、血栓症、反復する溶血発作、重篤な汎血球減少症を呈する重症例などに施行されてきた。したがって、血管内溶血、骨髄不全及び血栓症に対する対症療法が主体となる。溶血発作に対しては、感染症等の発作の誘因を除去するとともに、必要に応じ副腎皮質ステロイドにより溶血をコントロールする。遊離血色素による腎障害を防止するため積極的に輸液による利尿をはかりつつ、ハプトグロビンを投与する。慢性溶血に対しては、補体第5成分に対する抗体薬(エクリズマブ、ラブリズマブ)が開発され、溶血に対する劇的な抑制効果が示されている。骨髄不全に対しては、再生不良性貧血に準じた治療を行うが、軽度の骨髄不全を伴うことが多く、蛋白同化ホルモンが汎用される。溶血であれ骨髄不全であれ貧血に対しては、必要があれば輸血を行うが、従来推奨されてきた洗浄赤血球輸血は必ずしも必要ではない。血栓症の予防と治療にヘパリンやワーファリン製剤による抗血栓療法を行う。エクリズマブやラブリズマブによる血栓予防効果も示されており、今後PNHの治療戦略は大きく変わっていくものと思われる。

5.予後
PNHは極めて緩徐に進行し、溶血発作を反復したり、溶血が持続したりする。骨髄低形成の進行による汎血球減少と関連した出血(1/4)と感染(1/3)が主な死因となる。静脈血栓症もみられるが、欧米に比し我が国では頻度が低い(10%以下)。まれに白血病への進展も知られる(3%)。発症/診断からの長期予後は、平均生存期間が32.1年、50%生存が25年であった。PNHでは自然寛解が起こり得るというのも特徴の一つであるが、その頻度は、日米比較調査によると5%であった。エクリズマブやラブリズマブの登場により、今後は予後が改善することが期待される。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
約844人
2.発病の機構
不明(造血幹細胞のPIGAを含むGPIアンカー合成に関わる遺伝子変異が示唆されている。)
3.効果的な治療方法
未確立(骨髄移植以外に治療法がなく、対症療法にとどまる。)
4.長期の療養
必要(進行性、溶血と汎血球減少に関連した症状が出現。)
5.診断基準
あり(研究班による診断基準)
6.重症度分類
研究班による「溶血所見に基づいた重症度分類」を用い、中等症以上を対象とする。
 
○ 情報提供元
「特発性造血障害に関する調査研究班」
研究代表者 獨協医科大学/血液・腫瘍内科 教授 三谷 絹子
 
 
 
<診断基準>
Definiteを対象とする。

A.検査所見
 以下の1)かつ2)を満たす。
1)グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー型膜蛋白の欠損血球(PNHタイプ赤血球)の検出と定量において、PNHタイプ赤血球(II型+III型)が1%以上。
2)血清LDH値が正常上限の1.5倍以上。

<診断のカテゴリー>
Definite:Aを満たすもの。

D.補助的検査所見
 以下の検査所見がしばしばみられる。
1) 貧血及び白血球、血小板の減少
2) 溶血所見としては、血清LDH値上昇、網赤血球増加、間接ビリルビン値上昇、血清ハプトグロビン値低下が参考になる。
3) 尿上清のヘモグロビン陽性、尿沈渣のヘモジデリン陽性
4) 好中球アルカリホスファターゼスコア低下、赤血球アセチルコリンエステラーゼ低下
5) 骨髄赤芽球増加(骨髄は過形成が多いが低形成もある。)
6) Ham(酸性化血清溶血)試験陽性または砂糖水試験陽性
7) 直接クームス試験が陰性※
※直接クームス試験は、エクリズマブまたはラブリズマブ投与中の患者や自己免疫性溶血性貧血を合併したPNH 患者では陽性となることがある。

E.参考所見
1) 骨髄穿刺、骨髄生検、染色体検査等によって下記病型分類を行うが、必ずしもいずれかに分類する必要はない。
(1)古典的PNH
(2)骨髄不全型PNH
(3)混合型PNH※
  ※混合型PNH とは、古典的PNH と骨髄不全型PNH の両者の特徴を兼ね備えたり、いずれの特徴も不十分で、いずれかの分類に苦慮したりする場合に便宜的に用いる。  
 
 
<重症度分類>
中等症以上を対象とする。
 
溶血所見に基づいた重症度分類


軽 症          下記以外


中等症         以下のいずれかを認める

溶血

  • 中等度溶血※1、または時に溶血発作※2を認める

又は 時に溶血発作を認める。
 
重 症          以下のいずれかを認める

溶血

  • 高度溶血※3、または恒常的に肉眼的ヘモグロビン尿を認めたり
    頻回に溶血発作※2を繰り返す
  •     
  • 定期的な輸血を必要とする※4
    溶血に伴う以下の臓器障害・症状
  •     
  • 血栓症またはその既往を有する(妊娠を含む※5)
  •     
  • 透析が必要な腎障害
  •     
  • 平滑筋調節障害:日常生活が困難で、入院を必要とする胸腹部痛や嚥下障害
    (嚥下痛、嚥下困難)
  •     
  • 肺高血圧症※6

※1   中等度溶血の目安は、血清LDH値で正常上限の3~5倍程度
※2   溶血発作とは、肉眼的ヘモグロビン尿を認める状態を指す。
時にとは年に1~2回程度、頻回とはそれ以上を指す。
※3   高度溶血の目安は、血清LDH値で正常上限の8~10倍程度
※4 定期的な赤血球輸血とは毎月2単位以上の輸血が必要なときを指す。
※5   妊娠は溶血発作、血栓症のリスクを高めるため、重症として扱う。
※6   右心カテーテル検査にて、安静仰臥位での平均肺動脈圧が25mmHg以上
 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 特発性造血障害に関する調査研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和6年6月)