タンジール病(指定難病261)

たんじーるびょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
タンジール病は、血清HDLコレステロール・アポリポタンパクA-I(アポA-Ⅰ)濃度が著しい低値を示す常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患であり、HDLコレステロール欠損症のほかオレンジ色の咽頭扁桃腫大、肝脾腫、角膜混濁、末梢神経障害が特徴である。アポA-Iによる細胞からのコレステロール引き抜きにおいて重要なATP binding cassette transporter A1(ABCA1)の遺伝子異常が関与していることが明らかになっている。世界的にもまれで我が国では10家系程度の報告しかない。若年性冠動脈疾患を来すため、早期の診断が重要である。
 
2.原因
血中の遊離アポA-IがABCA1に結合することはHDLコレステロールの形成の第一段階である。ABCA1は細胞内からコレステロールを搬出する機能を持ち、アポA-Iと結合することでコレステロールを付加してpreβ-HDLとする。本症ではABCA1の機能喪失によりHDLコレステロールが産生されない。また細胞内からのコレステロール搬出が障害された結果、コレステロールエステルが細網内皮系、皮膚、粘膜、末梢神経のシュワン細胞などに蓄積し、骨髄、肝、脾、リンパ節、皮膚、大腸粘膜、平滑筋などに泡沫細胞が認められ、その結果種々の症状を来す。
 
3.症状
臓器腫大
オレンジ扁桃:扁桃は分葉・腫大し、明らかなオレンジ又は黄~灰色の表面を持つ。再発性扁桃炎や扁桃摘出の病歴がしばしば認められる。
脾腫:軽度の血小板低下症と網状赤血球増加を伴う。
肝腫大:約3分の1に認めるが、肝機能障害は通常認めない。
その他臓器へのコレステロール蓄積:リンパ節、胸腺、腸管粘膜、皮膚、角膜(角膜混濁を来す)
末梢神経障害:軽度から重症まで様々な末梢神経障害が報告されている。
知覚障害、運動障害又は混合障害が、一過性にあるいは持続性に出現する。深部知覚や腱反射の低下はまれで、脳神経を含む末梢神経の再発性非対称性障害や下肢に強い対称性の末梢神経障害や脊髄空洞症様の末梢神経障害として出現する。
心血管病変
タンジール病(変異ABCA1遺伝子ホモ接合体)中の20%で動脈硬化性心血管病変の症状が認められる。さらに35~65歳のタンジール病患者では44%と対照群(男性6.5%、女性3.2%)と比較すると高頻度であるとされる。ただ、ABCA1のミスセンス変異の機能障害の違いにより動脈硬化の程度は個々の症例により異なる。
血清脂質検査
タンジール病(変異ABCA1遺伝子ホモ接合体)の患者では、血中HDLコレステロールは3±3mg/dLと正常の約6%に低下しており、アポA-I値も10mg/dL以下に低下する。LDLコレステロールも約37%に低下している。軽度のトリグリセリド血症を認めることが多い。一方変異ABCA1遺伝子ヘテロ接合体では血中HDLコレステロール及びアポA-I値は正常者の約50%である。
 
4.治療法
遺伝子治療などの根本的な治療はなく、合併する動脈硬化性疾患の予防・治療が中心となる。糖尿病(耐糖能異常)を合併することが多くその治療が重要であり、また高血圧、喫煙などの危険因子の管理も重要である。
 
5.予後
冠動脈疾患などの動脈硬化性疾患により大きく異なる。狭心症、心筋梗塞などの発症に留意し、定期的な動脈硬化性疾患のチェックが重要である。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満
2.発病の機構
不明(ABCA1遺伝子変異が関与する。)
3.効果的な治療方法
未確立(併存する動脈硬化性疾患の危険因子の予防・治療が重要である。)
4.長期の療養
必要(遺伝子異常を背景とし、代謝異常が生涯持続するため。)
5.診断基準
あり(原発性脂質異常症に関する調査研究班による。)
6.重症度分類
先天性代謝異常症の重症度評価で、中等症以上を対象とする。
 
○ 情報提供元
難治性疾患政策研究事業「原発性脂質異常症に関する調査研究班」
研究代表者 国立循環器病研究センター研究所分子病態部 非常勤研究員 斯波真理子
 
 
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
タンジール病の診断基準
 
A.必須項目
1)血清HDLコレステロールが25mg/dL未満
2)血中アポA-Ⅰ濃度20mg/dL未満

B.症状
 1.オレンジ色の特徴的な扁桃腫大
 2.肝腫大又は脾腫
 3.角膜混濁
 4.末梢神経障害
 5. 動脈硬化性心血管病変

C. 鑑別診断
  以下の疾患を鑑別する。
  LCAT 欠損症、アポリポタンパクA-I欠損症、二次性低HDLコレステロール血症*1
  *1:外科手術後、肝障害(特に肝硬変や重症肝炎、回復期を含む)、全身性炎症疾患の急性期、がん等の消耗性疾患など、過去6か月のプロブコールの内服歴、プロブコールとフィブラートの併用(プロブコール服用中止後の処方も含む)

D.遺伝子検査
 ABCA1遺伝子変異の同定

<診断のカテゴリー>
Definite: 必須項目の2項目を全て満たす例のうち、Bの1項目以上を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外し、Dを満たすもの
Probable: 必須項目の2項目を全て満たす例のうち、Bの2項目以上を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの
 
 
 
<重症度分類>
先天性代謝異常症の重症度評価で、中等症以上を対象とする。

 

先天性代謝異常症の重症度評価(日本先天代謝異常学会)(一部改変)

点数

I

薬物などの治療状況(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

治療を要しない

b

対症療法のために何らかの薬物を用いた治療を継続している

c

疾患特異的な薬物治療が中断できない

d

急性発作時に呼吸管理、血液浄化を必要とする

II

食事栄養治療の状況(a、bいずれか1つを選択する)

a

食事制限など特に必要がない

b

軽度の食事制限あるいは一時的な食事制限が必要である

 

*当該疾患についての食事栄養治療の状況はa又はbとする。

 

III

酵素欠損などの代謝障害に直接関連した検査(画像を含む)の所見(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

特に異常を認めない        

b

軽度の異常値が継続している    (目安として正常範囲から1.5SDの逸脱)  

c

中等度以上の異常値が継続している (目安として1.5SDから2.0SDの逸脱)      

d

高度の異常値が持続している    (目安として2.0SD以上の逸脱)

IV

現在の精神運動発達遅滞、神経症状、筋力低下についての評価(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

異常を認めない         

b

軽度の障害を認める  (目安として、IQ70未満や補助具などを用いた自立歩行が可能な程度の障害)

c

中程度の障害を認める (目安として、IQ50未満や自立歩行が不可能な程度の障害)   

d

高度の障害を認める  (目安として、IQ35未満やほぼ寝たきりの状態)    

V

現在の臓器障害に関する評価(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

肝臓、腎臓、心臓などに機能障害がない

b

肝臓、腎臓、心臓などに軽度機能障害がある
(目安として、それぞれの臓器異常による検査異常を認めるもの)

c

肝臓、腎臓、心臓などに中等度機能障害がある
 (目安として、それぞれの臓器異常による症状を認めるもの)

d

肝臓、腎臓、心臓などに重度機能障害がある、あるいは移植医療が必要である 
(目安として、それぞれの臓器の機能不全を認めるもの)

VI

生活の自立・介助などの状況(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

自立した生活が可能     

b

何らかの介助が必要      

c

日常生活の多くで介助が必要  

d

生命維持医療が必要     

総合評価

IからVIまでの各評価及び総点数をもとに最終評価を決定する。

(1)4点の項目が1つでもある場合    

重症

(2)2点以上の項目があり、かつ加点した総点数が6点以上の場合  

重症

(3)加点した総点数が3-6点の場合  

中等症

(4)加点した総点数が0-2点の場合   

軽症

注意

診断と治療についてはガイドラインを参考とすること

疾患特異的な薬物治療はガイドラインに準拠したものとする

 
 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 

令和6年4月1日

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    2. FREDRICKSON DS. THE INHERITANCE OF HIGH DENSITY LIPOPROTEIN DEFICIENCY (TANGIER DISEASE). J Clin Invest. 1964;43:228–36.
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情報提供者
研究班名 原発性脂質異常症に関する調査研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和6年6月)