α1-アンチトリプシン欠乏症(指定難病231)
○ 概要
1.概要
α1-アンチトリプシン(AAT)欠乏症(α1-antitrypsin deficiency:AATD)は、AATの欠乏により、若年性に慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:COPD)を発症する疾患である。従来は、AAT欠損症と呼称されたが、COPD発症仮説から考慮すると、肺の防御因子であるAATの減少はCOPD発症素因になりうるため、AAT欠乏症とする。
AATDは、血清AAT濃度<90mg/dL(ネフェロメトリー法)と定義され、軽症(50mg/dL≦血清AAT<90mg/dL)、重症(血清AAT<50mg/dL)、の2つに分類される。なお、AATD類縁肺疾患として、血清AATが正常範囲でも、AATDと類似した病態(55歳未満で発症する閉塞性換気障害)を示す症例があり、AAT以外の未知の発症素因による疾患が含まれると考えられる。これらは今後の研究課題である。
AATD類縁肺疾患を含む若年発症重症COPDは、重度の呼吸機能障害があり、薬物治療にも係らず45%の患者で在宅酸素療法を要し、増悪の頻度が多いという重症・難治性の病像となっている。
AATDは通常のCOPDとは異なる疾病であり、喫煙の影響をその発症要因としては、ほぼ考慮から外せる疾病である。
2.原因
閉塞性換気障害発症の原因としては、AATを含む遺伝的素因、気道や肺の炎症反応の増強、プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡、オキシダント・アンチオキシダント不均衡などが関係している。
AATD類縁肺疾患を含めて若年発症重症COPDは、多様な個体側要因の寄与度の大きい不均一な疾患である。その中で、唯一明らかになっている病因は、α1-Pi(SERPINA1)遺伝子変異により血清中のAATが欠乏する状態であるが、それにより何故こういった病態を示すのかについて、明らかとなっていない点も多い。
3.症状
労作時呼吸困難、慢性の咳嗽・喀痰が主な症状である。進行すると、労作時呼吸困難の程度が悪化し、酸素吸入、人工呼吸管理が必要になる。
4.治療法
AATDでは、安定期では禁煙、インフルエンザワクチン、全身併存症の管理を行いつつ、重症度を総合的に判断し、呼吸リハビリテーション、薬物療法、酸素療法、補助換気療法、外科療法などを選択する。適応基準を満たせば、肺移植は重要な治療選択肢の一つである。
海外ではAATDに対してAAT補充療法が行われ、CT画像上の気腫病変進行抑制効果が報告されている。
5.予後
診断から5年くらいの経過で、呼吸不全が死因になる可能性が高い。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数
100人未満
2. 発病の機構
未解明(α1-Pi(SERPINA1)遺伝子の変異が関与。)
3. 効果的な治療方法
未確立(対症療法のみである。)
4. 長期の療養
必要(病態を改善させる治療法なし、対症療法のみ。)
5. 診断基準
あり(研究班作成の診断基準あり。)
6. 重症度分類
α1-アンチトリプシン欠乏の程度、労作時呼吸困難の程度、閉塞性換気障害の程度を総合的に評価して、重症度を分類する。
○ 情報提供元
「難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究」
研究代表者 千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学 教授 巽浩一郎
<認定基準>
Definite、Probableを対象とする。
α1-アンチトリプシン欠乏症の診断基準
A.症状(発症年齢、発症要因)
1.労作時息切れ。
2.喫煙の影響を、その発症要因からはほぼ外すことが可能であり、55歳未満で発症・診断。
B.検査所見
1.呼吸機能所見:
気管支拡張薬吸入後でもFEV1/FVC(一秒率)<70%
2.胸部画像所見
閉塞性換気障害の発症に関与すると推定される気腫病変、気道病変
3.血清α1-アンチトリプシン濃度
α1-アンチトリプシン欠乏症は血清α1-アンチトリプシン濃度<90mg/dL(ネフェロメトリー法)と定義され、
軽症(50mg/dL≦血清AAT<90mg/dL )、重症(血清AAT<50mg/dL)、の2つに分類される。
C.鑑別診断
以下の疾患を鑑別する。
通常の慢性閉塞性肺疾患(COPD)、気管支喘息、びまん性汎細気管支炎、閉塞性細気管支炎、気管支拡張症、肺結核後遺症、塵肺症、リンパ脈管筋腫症、ランゲルハンス細胞組織球症
D.遺伝学的検査
1.α1-Pi(SERPINA1)遺伝子
2.閉塞性換気障害の発症に関与していると推定される遺伝子変異。
<認定のカテゴリー>
Definite:A-1、2+B-1、2、3を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外しえたものであり、
B-3の血清α1-アンチトリプシン<50mg/dL。
Probable:A-1、2+B-1、2、3を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外しえたものであり、
B-3の血清α1-アンチトリプシン50mg/dL以上90mg/dL未満。
Possible:A-1、2+B-1、2を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外しえたもの。
AATD類縁肺疾患では、血清α1-アンチトリプシンの値は基準を満たさないが、D-2の未知の遺伝的素因により閉塞性換気障害を起こすと想定される。しかし現時点ではAATDの認定はできない。
<重症度分類>
重症度2以上を認定の対象とする。
息切れを評価する修正MRC分類グレード
O:激しい運動をした時だけ息切れがある。
1:平坦な道を早足で歩く、あるいは緩やかな上り坂を歩く時に息切れがある。
2:息切れがあるので、同年代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い、あるいは平坦な道を自分のペースで歩いている時、息切れのために立ち止まることがある。
3:平坦な道を約100m、あるいは数分歩くと息切れのために立ち止まる。
4:息切れがひどく家から出られない、あるいは衣服の着替えをする時にも息切れがある。
重症度 |
自覚症状 |
動脈血液ガス分析 |
呼吸機能検査 |
(血液検査) |
|
息切れの程度 |
PaO2 |
%FEV1 |
血清AAT濃度 |
1 |
mMRC≥1 |
PaO2≥80Torr |
%FEV1≥80% |
|
2 |
mMRC≥2 |
PaO2≥70Torr |
50%≤%FEV1<80% |
50mg/dL以上90 mg/dL未満 |
3 |
PaO2>60Torr |
30%≤%FEV1<50% |
||
4 |
mMRC≥3 |
PaO2≤60Torr |
%FEV1<30% |
<50 mg/dL |
|
自覚症状、動脈血液ガス分析、呼吸機能検査の項目の中で、最も重い重症度基準を満たすグレードを選択して、全体の重症度とする。血清AAT濃度が表の基準を満たす場合は、他の項目の値に係らず、重症度を決める。自覚症状、血液検査が2又は3の場合は他の項目で判断する。 |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- 希少肺疾患登録制度 -特にリンパ脈管筋腫症とα1-アンチトリプシン欠乏症について:https://lamaatd.com/
- α1-アンチトリプシン欠乏症診療の手引き2021
https://www.jrs.or.jp/publication/file/a1_2021.pdf - ALPHA-1 Foundation (米国患者団体の情報サイト) : https://www.alpha1.org/