イソ吉草酸血症(指定難病247)
○ 概要
1.概要
イソ吉草酸血症はロイシンの中間代謝過程で働くイソバレリルCoA脱水素酵素の障害によって生じる、常染色体劣性遺伝の疾患である。本疾患は「足の蒸れたような」とか「汗臭い」と形容される特徴的な体臭を呈し、多くは新生児期に哺乳不良や嘔吐、意識障害で発症する。強い代謝性アシドーシスや高アンモニア血症、低血糖などがしばしば認められる。日本での罹患頻度は約50万出生に1人と推定されている。食事療法や薬物療法で症状をコントロールできれば予後良好だが、急性期の治療が遅れると神経学的後遺症を残すことがある。また治療は一生継続する必要がある。
本疾患は早期診断・治療により健常な発達が見込まれることから、新生児マススクリーニングの一次対象疾患となっている。
2.原因
イソバレリルCoA脱水素酵素をコードするIVD遺伝子の異常による。
3.症状
1)特有の臭気
急性期に「足の蒸れた」とか「汗臭い」と形容される特異な体臭がある。
2)神経症状
哺乳不良や嘔吐、意識障害、無呼吸、筋緊張低下、けいれんなどで発症する。発達遅滞もみられる。
3)体重増加不良・食癖
しばしば高タンパク食品を嫌う食癖がみられる。
4)その他
急性膵炎や不整脈の報告がある。
4.治療法
1)食事療法
代謝経路上流のロイシンを制限することでイソバレリルCoAの蓄積を防ぐことを目的とする。自然タンパクの制限のために、母乳や一般粉乳にロイシン除去フォーミュラ(明治8003)を併用する。
2)薬物療法
L-カルニチンやグリシンの投与を行う。いずれも体内に蓄積した異常代謝産物の排泄を促進する。ただし、グリシンは新生児期から乳児期では髄液中グリシン濃度が上昇する可能性があり、使用しないほうが良いとされている。
3)急性期の対処
異化亢進を防ぐための10%濃度以上のブドウ糖を含む電解質輸液や代謝性アシドーシスの補正、高アンモニア血症に対する対症療法を行う。高アンモニア血症が内科的にコントロールできない場合には、速やかに血液透析による血液浄化療法を行う。
5.予後
特に初発時の対応が遅れると、死亡したり重度の発達遅滞などの後遺症を残すことがある。急性期後の薬物療法や食事療法によるコントロールが良好であれば、正常な発達も見込まれる。新生児マススクリーニングによって発症前に診断され、治療介入できれば、発症予防も可能と思われる。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数
100人未満
2. 発病の機構
不明
3. 効果的な治療方法
未確立
4. 長期の療養
必要
5. 診断基準
あり(研究班作成の診断基準あり)
6. 重症度分類
先天性代謝異常症の重症度評価を用いて、中等症以上を対象とする。
○ 情報提供元
日本先天代謝異常学会
<診断基準>
Definiteを対象とする。
A.症状
1)特有の臭気
急性期に「足の蒸れた」とか「汗臭い」と形容される特異な体臭がある。
2)神経症状
哺乳不良や嘔吐、意識障害、無呼吸、筋緊張低下、痙攣などで発症する。発達遅滞もみられる。
3)体重増加不良・食癖
しばしば高タンパク食品を嫌う食癖がみられる。
4)その他
急性膵炎や不整脈の報告がある。
B.検査所見
1. 血中アシルカルニチン分析
C5(イソバレリルカルニチン)の上昇が特徴的である。
cut off値は>0.7µmol/Lとされるが、各スクリーニング施設で若干異なることに注意する。
2.尿中有機酸分析
イソバレリルグリシン、3-ヒドロキシイソ吉草酸の著明な排泄増加がみられ、化学診断が可能である。特にイソバレリルグリシンは急性期にも安定期にも認められる。イソバレリルグリシンの定量値については分析方法により異なるが、本症患者では健常者対照値上限(約10nmol/mol・Cr)をはるかに超える排泄量となる。3-メチルクロトニルグリシンやメチルクエン酸などの他の代謝産物はない。
3.酵素活性
リンパ球や皮膚線維芽細胞などを用いたイソバレリルCoA脱水素酵素活性測定により活性値が低下していれば本症の診断が可能である。
C.鑑別診断
ピボキシル基を含む抗菌薬を中心とした薬剤投与時には、アシルカルニチン分析で抗菌薬の代謝産物であるピバロイルカルニチンがC5として検出されるため、鑑別が必要な場合がある。
また、グルタル酸血症2型では尿中イソバレリルグリシンの軽度増加を認めることがあるが、それ以外に疾患特異的な有機酸(エチルマロン酸など)が排泄されているので、鑑別は容易である。
D.遺伝学的検査
IVD遺伝子の変異
<診断のカテゴリー>
1)Definite:B1に加えて、B2、B3、Dのいずれかを満たす場合にDefiniteとする。
2)Possible:Aのうち少なくとも1つ以上があり、診断の根拠となる検査のうちタンデムマス法による血中アシルカルニチン分析が陽性のみの場合はPossibleとする。
<重症度分類>
中等症以上を対象とする。
先天性代謝異常症の重症度評価(日本先天代謝異常学会)
点数
I |
薬物などの治療状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
治療を要しない |
0 |
b |
対症療法のために何らかの薬物を用いた治療を継続している |
1 |
c |
疾患特異的な薬物治療が中断できない |
2 |
d |
急性発作時に呼吸管理、血液浄化を必要とする |
4 |
II |
食事栄養治療の状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
食事制限など特に必要がない |
0 |
b |
軽度の食事制限あるいは一時的な食事制限が必要である |
1 |
c |
特殊ミルクを継続して使用するなどの中程度の食事療法が必要である |
2 |
d |
特殊ミルクを継続して使用するなどの疾患特異的な負荷の強い(厳格な)食事療法の継続が必要である |
4 |
e |
経管栄養が必要である |
4 |
III |
酵素欠損などの代謝障害に直接関連した検査(画像を含む)の所見(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
特に異常を認めない |
0 |
b |
軽度の異常値が継続している (目安として正常範囲から1.5SDの逸脱) |
1 |
c |
中等度以上の異常値が継続している (目安として1.5SDから2.0SDの逸脱) |
2 |
d |
高度の異常値が持続している (目安として2.0SD以上の逸脱) |
3 |
IV |
現在の精神運動発達遅滞、神経症状、筋力低下についての評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
異常を認めない |
0 |
b |
軽度の障害を認める (目安として、IQ70未満や補助具などを用いた自立歩行が可能な程度の障害) |
1 |
c |
中程度の障害を認める (目安として、IQ50未満や自立歩行が不可能な程度の障害) |
2 |
d |
高度の障害を認める (目安として、IQ35未満やほぼ寝たきりの状態) |
4 |
V |
現在の臓器障害に関する評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
肝臓、腎臓、心臓などに機能障害がない |
0 |
b |
肝臓、腎臓、心臓などに軽度機能障害がある |
1 |
c |
肝臓、腎臓、心臓などに中等度機能障害がある |
2 |
d |
肝臓、腎臓、心臓などに重度機能障害がある、あるいは移植医療が必要である |
4 |
VI |
生活の自立・介助などの状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
自立した生活が可能 |
0 |
b |
何らかの介助が必要 |
1 |
c |
日常生活の多くで介助が必要 |
2 |
d |
生命維持医療が必要 |
4 |
総合評価
IからVIまでの各評価及び総点数をもとに最終評価を決定する。 |
|
(1)4点の項目が1つでもある場合 |
重症 |
(2)2点以上の項目があり、かつ加点した総点数が6点以上の場合 |
重症 |
(3)加点した総点数が3-6点の場合 |
中等症 |
(4)加点した総点数が0-2点の場合 |
軽症 |
注意
1 |
診断と治療についてはガイドラインを参考とすること |
2 |
疾患特異的な薬物治療はガイドラインに準拠したものとする |
3 |
疾患特異的な食事栄養治療はガイドラインに準拠したものとする |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- 日本先天代謝異常学会 新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2019
https://jsimd.net/pdf/newborn-mass-screening-disease-practice-guideline2019.pdf
研究班名 | 新生児スクリーニング対象疾患等の先天代謝異常症の成人期にいたる診療体制構築と提供に関する研究班 研究班名簿 研究班ホームページ |
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情報更新日 | 令和4年3月(名簿更新:令和6年6月) |