循環器系疾患分野|乳児特発性僧帽弁腱索断裂(平成22年度)
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1. 概要 | |
生来健康である生後2ヶ月から6ヶ月の乳児に突然の僧帽弁の腱索断裂が 発症し、重度な僧帽弁閉鎖不全により急速に呼吸循環不全に陥る疾患が存在する。発症早期に的確に診断され、早期に専門施設に搬送され外科治療がなされない と、急性左心不全により短期間に死に至る。また救命し得た場合も、僧帽弁置換術を余儀なくされたり、慢性心不全に移行したり、神経学的後遺症を残すなど、 子どもたちの生涯にわたる重篤な続発症をきたすことが多い。本疾患は国内外で散発的な報告がみられるが、まとまった実態調査はなく、小児科の教科書にも独 立した疾患として記載されていない。そのため多くの小児科医は本疾患の存在を認識していないのが現状である。また死亡例はこれまで乳児突然死症候群として 診断統計されてきた可能性もある。僧帽弁腱索が断裂する原因として、先行感染、心内膜心筋炎、川崎病後、血中自己抗体などが報告され、何らかの感染症や免 疫異常が引き金となる可能性が考えられるが、詳細は不明である。また最近数年間に報告例が増加している点が注目される。 | |
2. 疫学 | |
国内外を含めて症例報告が散見されるだけで、まとまった疫学的な報告は 無い。国立循環器病センターで、過去10年間に10例の乳児期特発性僧帽弁腱索断裂を経験した。発症は平均4.3ヶ月で、全例重度な呼吸循環不全が認めら れた。5例は僧帽弁形成術で修復可能であったが、5例は腱索の破壊が顕著あるいは形成術後も腱索破壊が進行したため、人工弁置換が行われた。弁組織の病理 検査では、単核球を中心とした炎症性細胞浸潤が認められた。3例で中等度以上の中枢神経後遺症をきたした。同様な症例は過去5年間に全国の小児専門施設か ら報告されただけでも50例以上存在し、乳児突然死症候群と診断された症例や未診断の死亡例を含めると、実際の頻度はもっと多いと考えられる。 | |
3. 原因 | |
僧帽弁腱索が断裂する原因として、先行感染、心内膜心筋炎、川崎病後、 血中自己抗体などが報告され、何らかの感染症や免疫異常が引き金となる可能性が考えられるが、詳細は不明である。成人の断裂例では、腱索に特異的に発現す る血管新生抑制物質テノモデュリンが断裂部位において欠失し、その部分で、血管新生やマトリックスメタロプロテイナーゼの活性化や炎症細胞浸潤が報告され ている。 | |
4. 症状 | |
乳児特発性僧帽弁腱索断裂は、生来健康な乳児が突然ショック状態に陥 り、早期診断と早期治療が行われないと生命の危険にさらされる重篤な疾患である。しかしこれまでに全国実態調査はなされておらず、教科書にも記載がないた めに、本疾患は一般小児科医に認知されていない。近年発症が増加傾向にあるので、できるだけ早く実態把握するとともに、診断基準や治療のガイドラインを作 成し、早期診断と的確な治療の必要性を啓蒙する必要がある。 | |
5. 合併症 | |
専門施設に搬送され、的確な内科的および外科手術治療をうけたとして も、僧帽弁置換術を余儀なくされたり、急性循環不全や肺うっ血による低酸素血症により、高度な中枢神経障害をきたす症例が多い。当センターで経験した10 例のうち3例で重度な中枢神経後遺症(発達障害)をきたした。 | |
6. 治療法 | |
早期発見、早期診断、早期の内科的心不全管理および外科手術治療が必要となる。外科手術治療としては、人工腱索を用いた僧帽弁形成術、僧帽弁置換術(機械弁)などがなされている。適切な治療を良好な経過をたどる症例もみられるが、全般的に死亡率および罹病率は高い。 | |
7. 研究班 | |
乳児特発性僧帽弁腱索断裂の病因解明と診断治療法の確立に向けた総合的研究班 |