整形外科疾患分野|脊柱変形疾患に合併した胸郭不全症候群(平成23年度)
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1. 概要 | |
小児に発症する脊柱側弯症はその原因も様々で、その態様も個々の患者ごとで大変大きな差がある。成長期、特に思春期に悪化しやすいが、脊柱変形の悪化が少ないものは予後も良くQOL(生活の質)の観点からも大きな問題にはならないことが多い。一方、新生児、乳幼児期に発症する脊柱変形の中にはその変形悪化が著しい症例が少なからずありそれに伴い胸郭変形も高度になり、胸郭容量の減少により肺成長が阻害され呼吸機能低下を来す。患者によっては成長に伴いさらに悪化して、最終的には拘束性換気障害、閉塞性換気障害などの病態を引き起こし、慢性呼吸不全の状態となる症例も存在する。このように脊柱変形など種々の原因で小児成長期に高度胸郭変形が発症する症例では、結果として正常な肺の成長やその呼吸機能をサポートできない病態を呈するため、この病態を2003年Campbellは胸郭不全症候群と命名し、その治療としてVEPTRと呼ばれる人工肋骨を開発した。本症候群は一次性(先天的な脊柱と胸郭に異常を伴うことで生じるもの)、二次性(脊柱変形が高度悪化することにより胸郭が二次的に変形することで生じるもの)、医原性(胸郭を他の理由で手術したためその後胸郭が変形を起こす)に分けられる。しかし、その概念には時間軸が加味されているため他の疾患のように未だ明確な診断基準を定めるにいたっていないのが実情である。このような漠然とした概念ではあるが、胸郭不全症候群に対する本邦における実態調査と病態の解明、VEPTR 治療の適応合併症効果などを検討し、本病態をより明確にすることと本概念をより多くの医療従事者に啓蒙する必要がある。 | |
2. 疫学 | |
本邦ではまだ、どの程度脊柱変形が発生し、その中で胸郭不全症候群がどのぐらいの率で発生するかは定かではない。脊柱変形自体もその程度はピンからキリまでであるため、正確な発生率を把握することは困難である。しかし、統計的には乳幼児期に発生する早期に発生した側弯症においてはその死亡率は40代には一般人口のそれよりも3倍高いとするスウェーデンの報告もあることから、高度の悪化した側弯症の胸郭変形による呼吸機能低下はQOL(生活の質)のみならず生命維持の観点からも大変重要である。 | |
3. 原因 | |
一言で言えば、脊柱変形の原因は多岐にわたりすぎており未だ明確ではない。脊柱に側弯が発生することは、一つの疾患ではなく、単なる一症状であるため、そのベースには大変様々な疾患があり、様々な病態が関与していることが考えられている。胸郭不全症候群を引き起こす代表的な疾患は先天性に肋骨癒合を伴う先天性側弯症であるが、ほとんどの疾患では全くその原因を同定することは困難である。ただ、大変特殊な病態であるJarcho-Levine症候群は低身長で家族性に認められることが少なくなく、遺伝的素因が関与していることが示唆されている。高度側弯変形により二次的に生じた胸郭不全症候群ではその原因となった側弯を引き起こした原疾患が大きく影響しており、先天性筋疾患、神経疾患など、様々なものがある。また、肋骨切除後に生じる胸郭原性側弯症や先天性心疾患や先天性食道閉鎖に対する多数回に及ぶ開胸手術後に生じる医原性の胸郭不全もある。しかし、これらもどうして側弯ができ、また、どのようなタイプが胸郭不全症候群を引き起こすかについては未だ未解決の問題が多々ある。 | |
4. 症状 | |
脊柱の変形による胸郭変形の場合には脊柱変形の原因となった症状があり、外見的には左右不対称な胸郭や体幹とその短縮や冠状面バランスの不良、肩や腰のラインの不均衡、などが認められる。また、胸郭変形が両側で高度に生じると低身長と四肢と体幹のプロポーションがアンバランスになる。呼吸機能も変形の進行度により様々であるが低下し、高度な場合には呼吸機能低下からくる息切れ、起座呼吸、夜間無呼吸発作、安静時の呼吸数増加なども見られるようになる。変形の割に幼小児では背部痛などの疼痛は多くはないが高度な変形では腰背部痛も訴えの一つとなる。 | |
5. 合併症 | |
先天性脊椎奇形 | |
6. 治療法 | |
治療は胸郭不全症候群を来した原疾患の治療が原則であるが、先天性側弯症に肋骨癒合を伴った症例などでは脊柱変形の進行悪化を止めるために固定術や変形矯正固定術、growing rod手術が選択されてきた。しかし、これらの治療法では変形した胸郭を矯正し、成長に合わせてそれを拡大していくことが不可能であり、この目的で開発されたVEPTR(Vertical Expandable Prosthetic Titanium Rib, チタン製人工肋骨)を用いた拡張性胸郭形成術がCampbellらにより報告された。現在、本邦を始め世界三十カ国以上で採用されて行われている。本邦では平成23年5月の段階で全国で施設基準など種々の条件をクリアした3施設で54症例が行われてきた現在治療中であり、その結果がどの程度の臨床的意義を持っているかはもう少し時間が必要であろう。 | |
7. 研究班 | |
本邦では平成21年度厚生労働省の難治性疾患克服研究事業の一つとして「脊柱変形由来の胸郭不全症候群の実態調査とその診断・治療方針の検討」研究班を組織し、肋骨異常を伴った先天性側弯症の実態調査とその自然経過、悪化因子について調査報告をした。平成22、23年度も引き続き研究班を組織してその治療指針やガイドライン作成に向けて研究中である。 | |