無βリポタンパク血症(指定難病264)
○ 概要
1.概要
無β リポタンパク血症は著しい低コレステロール血症及び低トリグリセリド血症を来す、まれな常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患である。アポB含有リポタンパク(β リポタンパク)であるカイロミクロン、VLDL、LDLが欠如しており、患者血中にアポBはアポB-48、アポB-100ともに認めない。脂肪吸収障害とそれによる脂溶性ビタミン欠乏症が授乳開始時より持続するため、適切な治療を長期に継続しないと不可逆的な眼症状、神経障害を来しうる。1993年に本疾患においてミクロソームトリグリセリド転送蛋白(MTTP)の遺伝子異常が同定され、MTP欠損症とも呼ばれる。
2.原因
MTTP遺伝子異常が病態形成に大きく関与する。MTPは肝・小腸で合成されたアポB蛋白にトリグリセリドが付加されVLDL及びカイロミクロン粒子が形成される過程に不可欠である。肝でのVLDL産生により末梢組織に必要なコレステロールの輸送がなされ、小腸でのカイロミクロン形成により脂肪が吸収される。MTPの欠損により、トリグリセリドと結合しないアポBは速やかに分解されて血中に分泌されない。
3.症状
脂肪吸収障害による栄養障害と、それに伴う脂溶性ビタミンの吸収障害(ビタミンEやビタミンAなどの欠乏)に起因する合併症を認める。脂肪吸収の障害により、授乳開始とともに始まる脂肪便、慢性下痢、嘔吐と発育障害を呈する。
また、脂溶性ビタミンの吸収障害により、思春期までに網膜色素変性などの眼症状、多彩な神経症状(脊髄小脳変性による運動失調や痙性麻痺、末梢神経障害による知覚低下や腱反射消失など)を呈する。進行したケースでは、失明や自立歩行困難などにより、ADLが著しく低下する。ほかに脂肪肝や肝硬変の報告、ビタミンK欠乏による出血傾向や心筋症による不整脈死の報告もある。
4.治療法
根治療法はなく対症療法のみである。脂溶性ビタミンの経口大量補充療法を行うが、特にビタミンEが重要である。100-300IU/kg/日(あるいは幼児には1,000~2,000mg/日、学童期以降の小児から成人には5,000~10,000mg/日)の長期大量投与によって神経症状の発症及び進展を遅延させる可能性がある。眼症状に対しては、ビタミンE補充に加えてビタミンA(100-400IU/kg/日)を補充する。他にビタミンD(800-1200IU/日)、ビタミンK(5-35mg/週)、ビタミンB12、鉄、葉酸などの補充が必要となる場合もある。消化器症状に対しては脂肪制限、特に長鎖脂肪酸を制限する(総カロリーに対して30%以下、あるいは1日15~20g以内(小児では5g/日以内から始める))。また必須脂肪酸の摂取を勧める(耐容内のティースプーン1杯以下の多価不飽和脂肪酸の豊富な油(大豆油やオリーブ油など)の摂取)。栄養障害に対してはカイロミクロンを経ずに吸収される中鎖脂肪(medium-chain triglyceride:MCT)を投与することもあるが、一般には必要でないとされ、MCTによる肝硬変の誘発の可能性も報告されていることから、注意が必要である(極度の低栄養の際に検討し、長期連用は避ける)。
5.予後
未治療では30歳前後までに歩行障害など著しいADL障害を来すこともある。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満(わが国では1983年に第1例が報告されて以降10家系程度が報告されている。)
2.発病の機構
不明(MTTP遺伝子異常が関与している。)
3.効果的な治療方法
未確立(ビタミンEの長期大量補充療法、脂溶性ビタミン補充、中鎖脂肪投与などの対症療法)
4.長期の療養
必要(遺伝子異常を背景とし、代謝異常が生涯持続するため)
5.診断基準
あり(原発性脂質異常症に関する調査研究班による。)
6.重症度分類
先天性代謝異常症の重症度評価で、中等症以上を対象とする。
○ 情報提供元
難治性疾患政策研究事業「原発性脂質異常症に関する調査研究班」
研究代表者 国立循環器病研究センター研究所分子病態部 非常勤研究員 斯波真理子
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
無β リポタンパク血症の診断基準
A.必須項目
血中LDLコレステロール15mg/dL未満(Friedewald式による)又は血中アポリポ蛋白B 15mg/dL未満
B.症状
1.消化器症状(脂肪吸収障害による脂肪便、慢性下痢、嘔吐、成長障害など)
2.神経症状(運動失調、痙性麻痺、末梢神経障害による知覚低下や腱反射消失など)
3.眼症状(網膜色素変性症に伴う夜盲、色覚異常、視野狭窄、視力低下など)
C.検査所見
1.末梢血血液像で有棘赤血球の存在
D.鑑別診断
以下の疾患を鑑別する。
家族性低β リポタンパク血症、カイロミクロン停滞病(アンダーソン(Anderson)病)、甲状腺機能亢進症
※家族性低β リポタンパク血症ホモ接合体との確実な鑑別は、本人のデータのみでは困難であり遺伝子変異の同定を要するが、以下の所見を参考に鑑別可能である。
・ホモ接合体発端者の第1度近親者のコレステロール低値
本症は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)でありホモ接合体発端者の第1度近親者(ヘテロ接合体)に軽度低脂血症を認めないが、家族性低β リポタンパク血症(FHBL)1は常染色体共顕性遺伝(優性遺伝)であるため、ホモ接合体発端者の第1度近親者(ヘテロ接合体)に低脂血症を認める。両親・兄弟の血清脂質・血中アポB濃度、脂溶性ビタミン濃度の測定も参考になる。
E.遺伝学的検査
MTTP遺伝子の変異
<診断のカテゴリー>
Definite:Aの必須項目を満たす例で、B・Cの計4項目のうちいずれか1項目以上を満たしDの鑑別すべき疾患を除外し、Eを満たすもの。
Probable:Aの必須項目を満たす例で、B・Cの計4項目のうちいずれか2項目以上を満たし、Dの鑑別すべき疾患を除外したもの。
<重症度分類>
先天性代謝異常症の重症度評価で、中等症以上を対象とする。
先天性代謝異常症の重症度評価(日本先天代謝異常学会)(一部改変)
点数
I |
薬物などの治療状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
治療を要しない |
0 |
b |
対症療法のために何らかの薬物を用いた治療を継続している |
1 |
c |
疾患特異的な薬物治療が中断できない |
2 |
d |
急性発作時に呼吸管理、血液浄化を必要とする |
4 |
II |
食事栄養治療の状況(a、bいずれか1つを選択する) |
|
a |
食事制限など特に必要がない |
0 |
b |
軽度の食事制限あるいは一時的な食事制限が必要である |
1 |
|
*当該疾患についての食事栄養治療の状況はa又はbとする。 |
|
III |
酵素欠損などの代謝障害に直接関連した検査(画像を含む)の所見(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
特に異常を認めない |
0 |
b |
軽度の異常値が継続している (目安として正常範囲から1.5SDの逸脱) |
1 |
c |
中等度以上の異常値が継続している (目安として1.5SDから2.0SDの逸脱) |
2 |
d |
高度の異常値が持続している (目安として2.0SD以上の逸脱) |
3 |
IV |
現在の精神運動発達遅滞、神経症状、筋力低下についての評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
異常を認めない |
0 |
b |
軽度の障害を認める (目安として、IQ70未満や補助具などを用いた自立歩行が可能な程度の障害) |
1 |
c |
中程度の障害を認める (目安として、IQ50未満や自立歩行が不可能な程度の障害) |
2 |
d |
高度の障害を認める (目安として、IQ35未満やほぼ寝たきりの状態) |
4 |
V |
現在の臓器障害に関する評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
肝臓、腎臓、心臓などに機能障害がない |
0 |
b |
肝臓、腎臓、心臓などに軽度機能障害がある |
1 |
c |
肝臓、腎臓、心臓などに中等度機能障害がある |
2 |
d |
肝臓、腎臓、心臓などに重度機能障害がある、あるいは移植医療が必要である |
4 |
VI |
生活の自立・介助などの状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
自立した生活が可能 |
0 |
b |
何らかの介助が必要 |
1 |
c |
日常生活の多くで介助が必要 |
2 |
d |
生命維持医療が必要 |
4 |
総合評価
IからVIまでの各評価及び総点数をもとに最終評価を決定する。 |
|
(1)4点の項目が1つでもある場合 |
重症 |
(2)2点以上の項目があり、かつ加点した総点数が6点以上の場合 |
重症 |
(3)加点した総点数が3-6点の場合 |
中等症 |
(4)加点した総点数が0-2点の場合 |
軽症 |
注意
1 |
診断と治療についてはガイドラインを参考とすること |
2 |
疾患特異的な薬物治療はガイドラインに準拠したものとする |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。