家族性低βリポタンパク血症1(ホモ接合体)(指定難病336)
○ 概要
1.概要
家族性低β リポタンパク血症(familial hypobetalipoproteinemia: FHBL)1は常染色体共優性遺伝形式をとる遺伝性疾患である。1987年に本疾患において、アポリポタンパクB(以下「アポB」という。)の異常(APOB遺伝子変異)が同定された。ヘテロ接合体は比較的高頻度だが、ホモ接合体は稀である。ヘテロ接合体とホモ接合体は、出現する症状や総コレステロールの値の程度、治療への反応性が全く異なり、その管理においても全く別の取扱いをする必要がある。アポBはコレステロールやトリグリセライド(triglycerides: TG)を末梢組織へ運ぶ超低比重リポタンパク質(very low-density lipoprotein: VLDL)、腸管から脂溶性ビタミンやエネルギー源としての脂質を吸収・運搬するカイロミクロンを構成する重要なタンパク質である。アポBの重度な機能障害をもたらすAPOB変異のホモ接合体の場合には、無β リポタンパク血症と同様に脂肪吸収障害とそれによる脂溶性ビタミン欠乏症、著しい低コレステロール血症、末梢血に有棘赤血球を認める。脂溶性ビタミンの補充療法などの治療を行うが、未治療では30歳前後までに歩行障害など著しいADL障害を呈する神経障害、眼症状を来し、これが生命予後を左右する。
2.原因
アポBは、小腸から栄養源となるTGや脂溶性ビタミンを体内に取り入れるためのカイロミクロンを運ぶタンパク質である。また、肝臓から生命の維持や種の保存に必要なコレステロールやTGを運ぶVLDLを構成するタンパク質でもある。APOB遺伝子機能喪失型変異のホモ接合体である本疾患では、カイロミクロンやVLDLなどが合成・分泌できず、脂質や脂溶性ビタミンの吸収や輸送が著明に障害されるため、無β リポタンパク血症と同様の著しい低コレステロール血症を示し、重度の機能障害を来す。
3.症状
脂肪吸収障害と、それに伴う脂溶性ビタミンの吸収障害(特にビタミンE欠乏)を認める。脂肪吸収の障害により、重度な場合には授乳開始とともに始まる脂肪便、慢性下痢、嘔吐と発育障害を呈する。
また、脂溶性ビタミンの吸収障害により、網膜色素変性などの眼症状、多彩な神経症状(脊髄小脳変性による運動失調や痙性麻痺、末梢神経障害による知覚低下や腱反射消失など)を呈する。そのほか、ビタミンK欠乏による出血傾向や心筋症による不整脈死を合併し得る。
4.治療法
根治療法はなく対症療法のみである。脂溶性ビタミンの補充療法を行うが、特にビタミンEが重要である。幼児には1日1,000~2,000 mg、成人には5,000~10,000 mgの長期大量投与によって神経症状の発症及び進展を遅延させる可能性がある。消化器症状に対しては脂肪制限、特に長鎖脂肪酸を制限する。栄養障害に対してはカイロミクロンを経ずに吸収される中鎖脂肪(medium-chain triglyceride:MCT)を投与することもある(ただし、MCTによる肝硬変の誘発の可能性には留意する必要がある)。
5.予後
未治療では30歳前後までに歩行障害など著しいADL障害を呈する神経障害、眼症状を来し、これが生命予後を左右する。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
100万人あたり1人以下(わが国では、数家系のみ)
2.発病の機構
不明(APOB遺伝子異常が関与している)
3.効果的な治療方法
未確立(ビタミンEの長期大量補充療法、脂溶性ビタミン補充、中鎖脂肪投与などの対症療法)
4.長期の療養
必要(遺伝子異常を背景とし、代謝異常が生涯持続するため)
5.診断基準
あり(研究班で作成、日本動脈硬化学会にて承認済み)
6.重症度分類
先天性代謝異常症の重症度評価で、中等症以上を対象とする
○ 情報提供元
難治性疾患政策研究事業「原発性高脂血症に関する調査研究班」
研究代表者 国立循環器病研究センター研究所 非常勤研究員 斯波真理子
日本動脈硬化学会
当該疾病担当者
自治医科大学 講師 高橋学
東京大学 助教 岡崎啓明
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
A. 症状
1.消化器症状(脂肪吸収障害による脂肪便、慢性下痢、嘔吐、成長障害など)
2.神経症状(運動失調、痙性麻痺、末梢神経障害による知覚低下や腱反射消失など)
3.眼症状(網膜色素変性症、夜盲、色覚異常、視野狭窄、視力低下など)
B.検査所見
1.血中LDL-コレステロール15 mg/dL未満(Friedewald式による)又は血中アポリポタンパクB 15 mg/dL未満
2.末梢血血液像で有棘赤血球の存在
C.鑑別診断
以下の疾患を鑑別する。
・無β リポタンパク血症
・カイロミクロン停滞病(アンダーソン(Anderson)病)
・甲状腺機能亢進症
※無β リポタンパク血症との確実な鑑別は、本人のデータのみでは困難であり遺伝子変異の同定を要するが、以下の所見を参考に鑑別可能である。
・ホモ接合体発端者の第1度近親者のコレステロール低値
家族性低β リポタンパク血症(FHBL)1は常染色体共優性遺伝であるため、第1度近親者のヘテロ接合体に低脂血症を認めるが、無β リポタンパク血症は常染色体劣性遺伝であり、第1度近親者に低脂血症を認めない。両親・兄弟の血清脂質・血中アポB濃度、脂溶性ビタミン濃度の測定も参考になる。
D.遺伝学的検査
APOB遺伝子機能喪失型変異
<診断のカテゴリー>
Definite:Aの全て及びB-2の計4項目のうち1項目以上を満たし、B-1を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外し、Dを満たすもの。
Probable:Aの全て及びB-2の計4項目のうち2項目以上を満たし、B-1を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの。
<重症度分類>
先天性代謝異常症の重症度評価で、中等症以上を対象とする。
点数
I |
薬物などの治療状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
治療を要しない |
0 |
b |
対症療法のために何らかの薬物を用いた治療を継続している |
1 |
c |
疾患特異的な薬物治療が中断できない |
2 |
d |
急性発作時に呼吸管理、血液浄化を必要とする |
4 |
II |
食事栄養治療の状況(a、bいずれか1つを選択する) |
|
a |
食事制限など特に必要がない |
0 |
b |
軽度の食事制限あるいは一時的な食事制限が必要である |
1 |
|
*当該疾患についての食事栄養治療の状況はa又はbとする。 |
|
III |
酵素欠損などの代謝障害に直接関連した検査(画像を含む)の所見(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
特に異常を認めない |
0 |
b |
軽度の異常値が継続している (目安として正常範囲から1.5SDの逸脱) |
1 |
c |
中等度以上の異常値が継続している (目安として1.5SDから2.0SDの逸脱) |
2 |
d |
高度の異常値が持続している (目安として2.0SD以上の逸脱) |
3 |
IV |
現在の精神運動発達遅滞、神経症状、筋力低下についての評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
異常を認めない |
0 |
b |
軽度の障害を認める (目安として、IQ70未満や補助具などを用いた自立歩行が可能な程度の障害) |
1 |
c |
中程度の障害を認める (目安として、IQ50未満や自立歩行が不可能な程度の障害) |
2 |
d |
高度の障害を認める (目安として、IQ35未満やほぼ寝たきりの状態) |
4 |
V |
現在の臓器障害に関する評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
肝臓、腎臓、心臓などに機能障害がない |
0 |
b |
肝臓、腎臓、心臓などに軽度機能障害がある |
1 |
c |
肝臓、腎臓、心臓などに中等度機能障害がある |
2 |
d |
肝臓、腎臓、心臓などに重度機能障害がある、あるいは移植医療が必要である |
4 |
VI |
生活の自立・介助などの状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
|
a |
自立した生活が可能 |
0 |
b |
何らかの介助が必要 |
1 |
c |
日常生活の多くで介助が必要 |
2 |
d |
生命維持医療が必要 |
4 |
総合評価
IからVIまでの各評価及び総点数をもとに最終評価を決定する。 |
|
(1)4点の項目が1つでもある場合 |
重症 |
(2)2点以上の項目があり、かつ加点した総点数が6点以上の場合 |
重症 |
(3)加点した総点数が3-6点の場合 |
中等症 |
(4)加点した総点数が0-2点の場合 |
軽症 |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。