ハンチントン病(指定難病8)
○ 概要
1.概要
ハンチントン病は、随意運動障害と舞踏病運動を主体とする不随意運動、精神症状、認知症を主症状とする常染色体顕性遺伝(優性遺伝)様式の慢性進行性神経変性疾患である。ハンチントン病はポリグルタミン病の1つで、病因遺伝子は第4染色体短腕4p16.3のHTTである。遺伝子産物はhuntingtinとよばれる。浸透率の高い遺伝病であり、環境による発症率の差異は報告されていない。ポリグルタミン病の特徴としての繰り返し配列の延長による発症年齢の若年化と重症化(表現促進現象)がみられる。罹病期間は一般に10~20年である。
主として成人期に発症し、好発年齢は30歳台であるが、小児期から老齢期まで様々な年齢での発症がみられる。男女差はない。約10%の症例は20歳以下で発症し、若年型ハンチントン病と称する。
顕性遺伝(優性遺伝)のため、多くは両親のどちらかが本症に罹患しているが、小児期発症例(特に幼児期発症例)の場合には、表現促進現象のため発症者の遺伝子診断が、両親のどちらかにとっての発症前診断となってしまうこともあり、留意する必要がある。
臨床症状には前述したように、随意運動障害、舞踏運動を主症状とする不随意運動、精神症状とがある。運動の持続障害があり、転倒や、手の把持持続障害による物体の落下による破損が外傷の要因となる。舞踏運動は早期には四肢遠位部にみられることが多いが、次第に全身性となり、ジストニアや振戦、ミオクローヌスなどの不随意運動が加わる。精神症状には人格障害と易刺激性、遂行機能障害、うつなどの感情障害と認知機能低下とがある。進行期になると立位保持が不能となり、臥床状態となる。てんかん発作を合併することもある。
2.原因
ハンチントン病の病因遺伝子はHTTであり、ポリグルタミン病の1つである。臨床症状とhuntingtinのCAGリピート数との間には関連があり、表現促進現象を認める。表現促進現象は病因遺伝子が父親由来の際に著しい。精母細胞での繰り返し数がより不安定であることが要因として推定されている。huntingtinは様々な組織で発現され多機能タンパク質と想定されているが、現時点ではhuntingtinの機能は未解明である。
3.症状
多くの症例で随意運動障害、不随意運動、精神症状を様々な程度で認める。臨床像は家系内でも一定ではない。成人発症例では発症早期には、巧緻運動障害と軽微な不随意運動、遂行運動の障害、うつ状態もしくは易刺激性などを認めるのみである。やや進行すると舞踏運動などの不随意運動が明らかとなり、随意運動障害も顕在化する。不随意運動は舞踏運動が主体であるが、ジストニアやアテトーシス、ミオクローヌス、振戦が加味されることが多い。さらに進行すると構音障害、嚥下障害が目立つようになり、人格の障害や遂行機能障害、認知障害が明らかとなる。最終的には日常生活全てに要介助、次いで失外套状態となる。
若年型ハンチントン病の場合には幼児期発症例で精神発達遅滞や自閉傾向、不随意運動ではジストニアやパーキンソニズムを主体とすることがある。学童期から成人期発症例では随意運動障害や不随運動よりも、学習障害や中毒性精神病が前景となることもある。また、若年型ハンチントン病では成人期発症群に比較しててんかん発作の頻度が高い。
4.治療法
現時点では特異的な根治治療はない。舞踏運動など不随意運動及び精神症状に対して対症療法を行う。主としてドパミン受容体遮断作用を示す抗精神病薬、舞踏運動治療薬としてテトラベナジンを使用する。その他疾患進行修飾治療として、クレアチン、CoQ10、リルゾール、胆汁酸誘導体、多糖体などの投与が試みられているが、現在のところ有効性は確立されていない。
5.予後
慢性進行性に増悪し、罹病期間は10~20年である。死因は低栄養、感染症、窒息、外傷が多い。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
911人
2.発病の機構
不明(ポリグルタミン病の1つであるが、発症機構の詳細は不明である。)
3.効果的な治療方法
未確立(現時点では根治治療はない。)
4.長期の療養
必要(慢性進行性に増悪し、罹病期間は10~20年であり、身体・精神症状に対して療養が必要である。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
以下のいずれかを用いる。
Barthel Indexを用いて、85点以下を対象とする。
障害者総合支援法における障害支援区分における「精神症状・能力障害二軸評価」を用いて精神症状評価2以上、または能力障害評価2以上を対象とする。
○ 情報提供元
「神経変性疾患領域の基盤的調査研究班」
研究代表者 国立病院機構松江医療センター 名誉院長 中島健二
<診断基準>
DefiniteとProbableを対象とする。
1.遺伝性
常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の家族歴
2.神経所見
(1)舞踏運動(コレア)を中心とした不随意運動と運動持続障害。ただし、若年発症例では、仮面様顔貌、筋強剛、無動などのパーキンソニズム症状を呈することがある。
(2)易怒性、無頓着、攻撃性などの人格変化、感情障害、遂行機能障害を中核とする精神症状
(3)記銘力低下、判断力低下などの認知機能障害
3.臨床検査所見
脳画像検査(CT、MRI)で尾状核萎縮にアクセントがある全脳萎縮、かつ両側の側脳室拡大
4.遺伝子診断
ハンチントン病病因遺伝子HTTにCAGリピート数の伸長が認められる。
5.鑑別診断
(1)症候性舞踏病
小舞踏病、妊娠性舞踏病、脳血管障害
(2)薬剤性舞踏病
抗精神病薬による遅発性ジスキネジア、その他の薬剤性ジスキネジア
(3)代謝性疾患
ウイルソン病、リピドーシス、糖尿病など
(4)他の神経変性疾患
歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、神経有棘赤血球症、神経フェリチン症など脳内鉄沈着神経変性症
<診断のカテゴリー>
Definite: 2の(1)~(3)の1項目以上、かつ4の遺伝子診断で確定診断されたもの。
Probable: 経過が進行性であり、1を満たし、かつ2の(1)~(3)の1項目以上、かつ3を満たし、5の鑑別診断を除外したもの。
6.参考事項
(1)遺伝子検査を行う場合の注意(日本神経学会 遺伝子診断ガイドラインを参照されたい)
①発症者については、本人又は保護者の同意を必要とする。
②未発症者の遺伝子診断に際しては、所属機関の倫理委員会の承認を得て行う。また、以下の条件を満たすことを必要とする。
(a)本人(被検者)の年齢が20歳以上である。
(b)確実にハンチントン病の家系の一員である。
(c)本人または保護者が、ハンチントン病の遺伝について正確で十分な知識を有する。
(d)本人の自発的な申出がある。
(e)結果の告知方法はあらかじめ取り決めておき、陽性であった場合のサポート体制の見通しを明らかにしておく。
(2)歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症は、臨床事項がハンチントン病によく似る場合があるので、両者の鑑別は慎重に行わなければならない。なお、両疾患の遺伝子異常は異なり、その検査法は確立している。
<重症度分類>
以下の(1)又は、(2)を満たす場合を対象とする。
(1)機能的評価:Barthel Index
85点以下を対象とする。
|
質問内容 |
点数 |
|
1 |
食事 |
自立、自助具などの装着可、標準的時間内に食べ終える |
10 |
部分介助(例えば、おかずを切って細かくしてもらう) |
5 |
||
全介助 |
0 |
||
2 |
車椅子からベッドへの移動 |
自立、ブレーキ、フットレストの操作も含む(歩行自立も含む) |
15 |
軽度の部分介助又は監視を要する |
10 |
||
座ることは可能であるがほぼ全介助 |
5 |
||
全介助又は不可能 |
0 |
||
3 |
整容 |
自立(洗面、整髪、歯磨き、ひげ剃り) |
5 |
部分介助又は不可能 |
0 |
||
4 |
トイレ動作 |
自立(衣服の操作、後始末を含む、ポータブル便器などを使用している場合はその洗浄も含む) |
10 |
部分介助、体を支える、衣服、後始末に介助を要する |
5 |
||
全介助又は不可能 |
0 |
||
5 |
入浴 |
自立 |
5 |
部分介助又は不可能 |
0 |
||
6 |
歩行 |
45m以上の歩行、補装具(車椅子、歩行器は除く)の使用の有無は問わず |
15 |
45m以上の介助歩行、歩行器の使用を含む |
10 |
||
歩行不能の場合、車椅子にて45m以上の操作可能 |
5 |
||
上記以外 |
0 |
||
7 |
階段昇降 |
自立、手すりなどの使用の有無は問わない |
10 |
介助又は監視を要する |
5 |
||
不能 |
0 |
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8 |
着替え |
自立、靴、ファスナー、装具の着脱を含む |
10 |
部分介助、標準的な時間内、半分以上は自分で行える |
5 |
||
上記以外 |
0 |
||
9 |
排便コントロール |
失禁なし、浣腸、坐薬の取扱いも可能 |
10 |
ときに失禁あり、浣腸、坐薬の取扱いに介助を要する者も含む |
5 |
||
上記以外 |
0 |
||
10 |
排尿コントロール |
失禁なし、収尿器の取扱いも可能 |
10 |
ときに失禁あり、収尿器の取扱いに介助を要する者も含む |
5 |
||
上記以外 |
0 |
(2)障害者総合支援法における障害支援区分における「精神症状・能力障害二軸評価」を用いて精神症状評価2以上又は能力障害評価2以上を対象とする。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- 神経変性疾患に関する調査研究班から
ハンチントン病と生きる ―よりよい療養のためにーハンチントン病研究グループ2017年2月改訂版Ver.2(pdf 16.7 MB)
家族指導に神経変性疾患に関する調査研究班で作成した「ハンチントン病と生きる」を参照されたい。 - Huntington病の診断、治療、療養の手引き
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/37/1/37_61/_pdf/-char/ja