肺静脈閉塞症/肺毛細血管腫症(指定難病87)
○ 概要
1.概要
肺静脈閉塞症(pulmonary veno-occlusive disease:PVOD)は極めて稀な疾患である。特発性肺動脈性肺高血圧症とは異なる疾患であり、治療に抵抗性で非常に予後不良である。病理組織学的には肺内の静脈が主な病変部位であり、肺静脈の内膜肥厚や線維化等による閉塞を認める。肺毛細管腫症(pulmonary capillary hemangiomatosis:PCH)は、病理組織学的に肺胞壁の毛細管増生を特徴とするが、両疾患ともに肺内の静脈閉塞を生じ、肺静脈中枢側である肺動脈の血圧(肺動脈圧)の持続的な上昇を来たすことになる。そのため、臨床的には両者の鑑別は困難である。さらに、病態的には他の肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)と類似しており、一般内科診療において臨床所見からだけではPVOD/PCHを疑うことは困難である。典型例では胸部CT像において、すりガラス状陰影、小葉間隔壁の肥厚などが観察されるが、確定診断は現在でも肺組織からの病理組織診断でのみ可能である。したがって、特発性肺動脈性肺高血圧症と診断されていることが多く、正確な発症数は把握されていないのが現状である。PVOD/PCHはあらゆる年代に発症し、喫煙者が多いとされている。成人例では男性にやや多い傾向がある。15歳未満の症例では男女差は無いといわれている。
2.原因
現時点ではPVOD/PCHの原因は不明である。ほとんどの症例が孤立性であるが、家族内発症の報告例もある。最近の報告では、両者は遺伝的に類縁疾患であることが示唆されている。
3.症状
肺高血圧に伴う進行性の非特異的症状である。症状はPAHと類似するが、安静時および労作時低酸素血症がPAHよりも顕著である。労作時の息切れ、慢性の咳嗽、下肢の浮腫、胸痛、労作時の失神などである。低酸素血症に伴い、ばち状指なども時に認められる。
4.治療法
本症の原因が明らかではないため、疾患の進行を阻止できる治療はなく対症療法が主体である。安静、禁煙が必要であり、妊娠も症状を悪化させる。利尿剤に加え、選択的肺血管拡張薬(プロスタグランディン系製剤(PGI2、エポプロステノロールなど)、ホスホジエステラーゼ5阻害剤(PDE-5 Inhibitor)、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA))などが投与されるが、肺血管拡張薬による肺水腫惹起の危険性があるため、十分な管理下での使用が望まれる。さらに、一時的な効果が認められた場合でも長期的には効果が限定され、現時点では肺移植のみが完治療法である。治験的に投与されたイマチニブの有効例も報告されているが、これについては今後の検討課題である。
5.予後
治療に抵抗性であり、非常に予後不良である。合併症として低酸素血症、右心不全がある。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(研究班による)
約100人
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(根本的治療なし。)
4.長期の療養
必要(治療に抵抗性で非常に予後不良)
5.診断基準
あり(学会関与の診断基準等)
6.重症度分類
NYHA心機能分類と、WHO肺高血圧機能分類をもとに作成した研究班による肺動脈性肺高血圧症の重症度分類を用いて、新規申請時はStage3以上を対象とする。
更新時はStage3以上、NYHAII度以上又は肺血管拡張薬を使用している場合を対象とする。
○ 情報提供元
「難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究」
研究代表者 千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学 教授 巽浩一郎
<臨床診断基準>
主要項目
①右心カテーテル所見が肺動脈性肺高血圧症(PAH)の診断基準を満たす。
新規申請時の右心カテーテル検査所見
(a)肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25mmHg以上、肺血管抵抗で3 Wood Unit、
240dyne・sec・cm-5以上)
(b)肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(15mmHg以下)
②PVOD/PCHを疑わせる胸部高解像度CT(HRCT)所見(小葉間隔壁の肥厚、粒状影、索状影、スリガラス様影(ground glass opacity)、縦隔リンパ節腫大)があり、かつ間質性肺疾患など慢性肺疾患や膠原病疾患を除外できる。
③選択的肺血管拡張薬(ERA、PDE5 inhibitor、静注用PGI2)による肺うっ血/肺水腫の誘発
副次的項目
①安静時の動脈血酸素分圧の低下(70mmHg以下)
②肺機能検査:肺拡散能の著明な低下(%DLco<55%)
③肺血流シンチ:亜区域性の血流欠損を認める、または正常である。
参考所見
①気管支肺胞洗浄液中のヘモジデリン貪食マクロファージを認める
②男性に多い
③喫煙歴のある人に多い
<鑑別診断>
以下の疾患を除外する。
特発性PAH、遺伝性PAH、薬物/毒物誘発性PAH、各種疾患に伴うPAH(膠原病、門脈圧亢進症、先天性心疾患など)、呼吸器疾患に伴うPAH、慢性血栓塞栓性肺高血圧症
<指定難病の診断のカテゴリー>
以下の「診断確実例」及び「臨床診断例」を指定難病の対象とする。
なお、「PVOD/PCH疑い例」は、基本的にPAHで申請することとする。
「診断確実例」
l 主要項目①② + 病理診断例
「臨床診断例」
下記基準のいずれかを満たすものとする。
l 主要項目①② + 主要項目③ + 副次項目のうち2項目以上
l 主要項目①② + 副次項目全て
「PVOD/PCH疑い例」
l 主要項目①② + 副次項目のうち1項目
<病理診断所見>
PVOD:末梢肺静脈(特に小葉間静脈)のびまん性かつ高度(静脈の30~90%)な閉塞所見。
PCH:肺胞壁の毛細管様微小血管の多層化及び増生。さらにPVODに準じた末梢肺静脈病変を認める場合もあり。
<重症度分類>
Stage3以上を対象とする。
NYHA心機能分類 |
肺高血圧機能分類
(新規申請時)
新規申請時 |
自覚症状 |
平均肺動脈圧(mPAP) |
心係数(CI) |
肺血管拡張薬使用 |
Stage1 |
WHO-PH/NYHA I~II |
40>mPAP ≥ 25 mmHg |
|
使用なし |
Stage2 |
WHO-PH/NYHA I~II |
mPAP ≥ 40 mmHg |
|
使用なし |
Stage3 |
WHO-PH/NYHA I~II |
mPAP ≥ 25 mmHg |
|
使用あり(過去使用も含む) |
WHO-PH/NYHA III~IV |
mPAP ≥ 25 mmHg |
CI ≥ 2.5 L/min/m2 |
使用の有無に係らず |
|
Stage4 |
WHO-PH/NYHA III~IV |
mPAP ≥ 25 mmHg |
CI<2.5 L/min/m2 |
使用の有無に係らず |
Stage5 |
WHO-PH/NYHA IV |
mPAP ≥ 40 mmHg |
|
使用の有無に係らず |
|
|
|
PGI2持続静注・皮下注継続使用が必要な場合は自覚症状の程度、mPAPの値に関係なくStage5 |
自覚症状、mPAP、CI、肺血管拡張薬使用の項目全てを満たす最も高いStageを選択。
なお、選択的肺血管拡張薬を使用したため病態が悪化し、投薬を中止した場合には、肺血管拡張薬の使用がなくても、Stage3以上とする(登録時に、過去の肺血管拡張薬使用歴を記載すること。)。
(更新時)
更新時 |
自覚症状 |
心エコー検査での三尖弁収縮期圧較差(TRPG) |
肺血管拡張薬使用 |
Stage1 |
WHO-PH/NYHA I, II |
TRPG < 40 mmHg |
使用なし |
Stage2 |
WHO-PH/NYHA I, II |
TRPG ≥ 40 mmHg |
使用なし |
WHO-PH/NYHA I |
TRPG < 40 mmHg |
使用あり |
|
Stage3 |
WHO-PH/NYHA I~II |
TRPG ≥ 40 mmHg |
使用あり(過去使用も含む) |
WHO-PH/NYHA III |
TRPG ≥ 40 mmHg |
使用なし |
|
WHO-PH/NYHA II, III |
TRPG < 40 mmHg |
使用あり |
|
Stage4 |
WHO-PH/NYHA II, III |
TRPG ≥ 60 mmHg |
使用の有無に係らず |
WHO-PH/NYHA IV |
TRPG < 60mmHg |
使用の有無に係らず |
|
Stage5 |
WHO-PH/NYHA IV |
TRPG ≥ 60 mmHg |
使用の有無に係らず |
|
|
|
PGI2持続静注・皮下注継続使用が必要な場合はWHO-PH分類、mPAPの値に関係なくStage5 |
自覚症状、TRPG、肺血管拡張薬使用の項目全てを満たす最も高いStageを選択。
なお、選択的肺血管拡張薬を使用したため病態が悪化し、投薬を中止した場合には、肺血管拡張薬の使用がなくても、Stage3以上とする(登録時に、過去の肺血管拡張薬使用歴を記載すること。)。
(参考)
・ Stage3以上では少なくとも2年に1度の心臓カテーテルによる評価が望ましい。しかし、小児、高齢者、併存症の多い患者など、病態により心臓カテーテル施行リスクが高い場合は心エコーでの評価も可とする。
・ 正確ではないが、TRPGの40mmHgは、mPAPの25mmHgに匹敵する。TRPGの60mmHgは、mPAPの40mmHgに匹敵する。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- 肺静脈閉塞症(PVOD)の診断基準確立と治療方針作成のための統合研究班(植田初江、他).
- 大郷恵子、植田初江、大郷剛. 肺動脈性肺高血圧症および肺静脈閉塞症/肺毛細血管腫症の病理―最近の知見からー. 日本呼吸器学会誌 2014;3:471-477.
- 肺静脈閉塞症(PVOD)肺毛細血管腫症(PCH)診療ガイドライン2022
http://jpcphs.org/pdf/guideline/pvodpch_guideline2022.pdf