結節性硬化症(指定難病158)
1. 結節性硬化症とは
結節 性硬化症は全身の疾患で、皮膚、神経系、腎、肺、骨などいろいろなところに 過誤腫 と呼ばれる良性の腫瘍や過誤組織と呼ばれる 先天性 の病変ができる病気です。以前は皮膚と神経系の症状が主であると考えられ、皮膚にあざの様な症状(母斑)が出ることから、 神経皮膚症候群 あるいは母斑症というグループに入れられています。古くは、頬の赤みを帯びた数ミリのニキビ様の腫瘍(顔面血管線維腫)、てんかん、知的障害の3つの症状がそろうとこの病気と診断してきました。しかし診断技術の進歩に伴い、知的障害や、てんかん発作のない軽症の患者さんもいることがわかってきました。それに伴い、全身のいろいろな症状で診断されることも多くなっています。ただし、年齢によって問題になりやすい症状は異なります。たとえば新生児期には心臓の腫瘍( 横紋筋腫 )、乳児期にはてんかん発作や知的障害、学童期からは顔面血管線維腫が問題になることが多く、脳腫瘍(上衣下 巨細胞 性星細胞腫、SEGA)や腎臓腫瘍( 血管筋脂肪腫 )ができて病院を受診する場合もあります。さらに女性の場合はしばしば成人期(20〜40歳)に肺のリンパ脈管筋腫症(LAM)と呼ばれる病変が問題になってきます。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
結節性硬化症はどの様な民族、人種にもみられます。日本や外国でのこれまでの調査では、結節性硬化症と診断された患者さんは人口1万〜数万人に1人の割合です。これによると、日本人全体で1万人くらいはいると考えられます。症状が軽いので病院を訪れていない、あるいは訪れても診断されていない患者さんまで含めると、人口6千人に1人くらいいるのではないかと推定されています。
3. この病気はどのような人に多いのですか
こども時代に小児科で診断される患者さんが一番多く、他には皮膚科、脳神経外科、泌尿器科などとなっています。小児科で診断される場合は、てんかん発作や知的発達の遅れをともなっていることがよくあり、重症心身障害児施設や知的障害児の施設に入所・通園する子どもの中にも結節性硬化症の患者さんが比較的多くいます。一方皮膚科や泌尿器科、呼吸器内科ではじめて診断される患者さんには、てんかん発作や知的障害のない人もたくさんおられます。また最近では妊娠中の超音波検査により、胎児に心臓腫瘍がみつかって診断される例が増えてきています。
4. この病気の原因はわかっているのですか
結節性硬化症をおこす原因遺伝子は2つあります。遺伝子は染色体の上にあり、お父さんからきた染色体とお母さんからきた染色体が対になり、人間では大きさの違う23対の染色体からなっています。結節性硬化症をおこす遺伝子は染色体9番と16番の上にあることがわかり、1993年に染色体16番の原因遺伝子(TSC2遺伝子)が発見され、1997年に染色体9番の原因遺伝子(TSC1遺伝子)が発見されました。TSC1遺伝子とTSC2遺伝子がつくり出す蛋白質はそれぞれハマルチン、チュベリンといい、ふたつが共同で腫瘍ができるのを抑えています。患者さんではこのどちらかの遺伝子に変異があると考えられます。お母さんからきた遺伝子とお父さんからきた遺伝子のうちどちらかに変異があり、その結果病気になると考えられます。この2つの蛋白が共同でメカニスティック(またはマンマリアン)ターゲットオブラパマイシン複合体1(mTORC1)と呼ばれる物質を抑制しています。このmTORC1の働きが強くなり過ぎると、腫瘍ができやすくなったり、てんかんを起こしたり、自閉症などの発達障害になると考えられています。結節性硬化症ではハマルチンやチュベリンがうまく働かなくなり、このmTORC1を抑える力が弱くなる結果、腫瘍やてんかん、自閉症などの発達障害がおこってくるのだろうと考えられています。
5. この病気は遺伝するのですか
結節性硬化症は遺伝子の変異でおこり、遺伝する病気で、 常染色体顕性遺伝(優性遺伝) と呼ばれる遺伝形式を示します。しかし、実際には、60%以上の患者さんではご両親をいろいろ検査しても結節性硬化症にみられる症状が全く見つかりません。この場合は、ご両親から遺伝したのではなく、ご両親の精子または卵子の遺伝子に突然 変異 がおこり、子どもが発病したと考えられます。このように突然変異でおこった症例(孤発例と言います)では、ご両親には全く症状はなく、次に生まれてくる子どもが結節性硬化症になる確率は正常人の出産とだいたい同じです。しかし、ご両親のいずれかが結節性硬化症の場合は、生まれてくる子どもが結節性硬化症になる危険率は男の子であろうと女の子であろうとおおよそ50%になります。また、孤発例の患者さんでも、患者さんが結婚して次の世代をつくるときには遺伝の法則に従い、子どもの半分が結節性硬化症になる可能性があります。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
結節性硬化症は全身の疾患で、様々な部位に様々な症状がおきます。遺伝子の変異で病気がおこりますが、全ての症状が生まれたときにあるわけではなく、年齢によって問題になる症状が異なります。また、患者さんによっても、各症状の程度が全く異なります。多くの患者さんにみられる症状と一部のひとにしか出ない症状があります。
(1) 多くのひとにみられる症状
てんかんは80%近くの患者さんにおこり、治療の必要な症状です。乳児早期には頭をカクンとたれるタイプのてんかん(点頭てんかん)、それ以降には意識がなくなり、手足の一部がけいれんするタイプのてんかん(焦点意識減損発作)の頻度が多くみられます。乳児期にてんかんで発病し、治療しても治りにくい場合は、知的障害が重度になる可能性が高くなります。軽症例が見つかるようになって、最近はてんかんのない患者さんも増えてきています。多くの患者さんの脳の表面には、普通の脳の固さとは違う部分があります。皮質結節と呼ばれ、この病変が、結節性硬化症の病名の由来になっています。脳の一部の細胞が、正しく発生しなかったためにできるもので、てんかんの原因になっている場合もあります。頭部MRIにより認められます。脳の深部、脳室の壁に沿って上衣下結節という病変も見られますが、これによる症状はありません。新生児で、血流障害や不整脈、心不全など心臓の異常をおこすことがあります。これは心臓に横紋筋腫ができているためで、心エコーで検査をすると小児の結節性硬化症患者の60%以上に認められるとの報告があります。これは年齢が大きくなると少しずつ小さくなり、自然に消えますので、心臓の血液の流れを邪魔したり、不整脈をおこさない限り、手術は必要ありません。生まれた直後から、ほとんどのひとに皮膚に白いあざ(白斑)があります。赤ちゃんの時は色が白く、目立ちませんが、日焼けをするとこの部分が日焼けせず、目立つようになります。木の葉状の形をしているのが特徴ですが、細かい紙吹雪のような小白斑が多発しているなど、様々な形をしていることがあります。また髪の毛のところに白斑ができると褐色の髪や白髪になる場合もあります。早ければ2歳ころから、顔面特に頬部に赤い糸くず様のしみが出現することがあります。幼稚園や小学校に上がる頃から、頬や下あごに赤みをおびた数ミリの盛り上がったもの(血管線維腫)ができてきます。赤みがあまり目立たない正常皮膚色のもの、もう少し大きく扁平なものや、少し黒みを帯びた球形のものができることもあります。これらは少しずつ数が増えていきます。20歳ごろから、手や足の爪の下や上、周りに固い腫瘍がでてくることがあります。手より足の爪に高頻度に認められ、徐々に増加増大してきます。初期は爪の線状の陥凹として認められることもあり、数年そのような状態が続くこともあります。思春期頃から腰部にでこぼことした皮膚の盛り上がりがでてきて徐々に増大してくることがあります。早いひとでは幼児期から皮膚にいぼのような固い小さなできものとして出現してくることもあります。腰によくできますが、必ずしも腰とはかぎらず、体幹(胴体)や大腿外側(太ももの外側)を中心にどこにでもできます。ときにバレーボール大の盛り上がったかたまりになることもあります。腎臓では、嚢腫(液体の入った空洞)や、血管や筋肉や脂肪成分の多い腫瘍(血管筋脂肪腫)が、見つかります。嚢腫は比較的若い時から認められることもありますが、血管筋脂肪腫は小学生頃に出現し、特に若い人では急速に大きくなる場合があるので注意が必要です。嚢腫は大きくなると、腎機能障害や高血圧の原因になることがあります。腎血管筋脂肪腫では時にこれが出血をおこし、その場合は激痛を伴います。出血が大量の場合は出血性のショックを起こす場合があります。血管筋脂肪腫が直径3cmを超え、血管が多く、腫瘍内に径5mm以上の動脈瘤のある場合は要注意です。いずれも成人以上の結節性硬化症の患者についてみれば、小さなものも含めれば、高頻度に認められます。定期的に腎臓の超音波などの検査をしてもらう方が良いでしょう。
(2) 一部のひとにみられる症状
幼児期から10歳前後に、脳に上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA)という名の腫瘍ができることがあります。比較的ゆっくり大きくなり、ある大きさ以上にならない時もあります。良性の腫瘍ですが急速に大きくなったり、腫瘍が大きくなって、脳の中の水の流れを悪くしたり、腫瘍による圧迫症状がでたりすると、治療が必要になります。目の奥の 網膜 に、普通の網膜の色とは違う結節状の小さい腫瘍ができます。眼科で精密検査を受けるとかなりのひとにみられます。この腫瘍がごく一部のひとで大きくなり、失明する場合もあります。
肺にはリンパ脈管筋腫症(LAM)があります。LAMは20歳~40歳の女性に多く、息切れや血痰で発病しますが、くり返す 気胸 として発症することもあります。徐々に悪化する病気で、進行すれば呼吸不全をおこし死に至ることもあります。妊娠で増悪することがあります。エストロゲンなどホルモン剤の使用には注意が必要です。孤発性のLAMの診断には肺の組織検査が必要ですが、結節性硬化症に伴うLAMは肺のCTで診断されます。LAMは初期には症状がほとんどでないため、検査で初めて気づかれる場合も多いです。女性患者の7割近くにLAMの所見が認められるとの報告もあります。ただし 予後 不良の人はそのうちのわずかです。実際に大阪大学皮膚科でフォロー中の250人程の患者さんを調べた結果では20歳以上の女性でスクリーニングを行うとLAMの人が4割ほど認められました。ただし、これらLAMの患者さんのうち、治療が必要になるのは20%ほどに過ぎませんでした。その他の肺病変としては多発性小結節性肺細胞過形成(MMPH)が見られることもあります。これはLAMと違って男女差はありません。治療する必要はないと考えられています。
その他、子宮筋腫や卵巣嚢腫などもよく認められます。子宮筋腫のなかにはピーコーマ(PEComa)と呼ばれる病気が隠れている場合もありますが、筋腫や腺筋症との鑑別が難しくまだよくわかっていません。甲状腺、骨、消化管、肝臓、血管など他の臓器にもさまざまな病変ができることがあります。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
それぞれの症状に対する対症療法がほとんどです。たとえば、てんかんがある人に対しては、てんかんの治療が必要になってきます。結節性硬化症のてんかんとそれ以外のてんかんとで、特に治療にちがいはありません。ただ、結節性硬化症の点頭てんかんにはビガバトリンが有効であることが多いです。ただしビガバトリンは不可逆的な視野狭窄など強い副作用を生じることがあるため、この薬を用いた治療は予め登録された病院で、定期的な眼科検査を受けながら行うことが必要です。主治医の先生の指示に従って、お薬を毎日きちんと飲むことが一番大切です。てんかんのお薬は何種類もあり、主治医の先生はそれぞれの方のてんかんによく効く薬を探すことを考えています。時には1つの薬で、完全に止まってしまうこともありますし、何種類かの薬を数カ月かけて試みることもあります。いろいろ薬を試みてもてんかんが治りにくい場合には、脳の中でてんかん発作の原因となっている部分を切除するなどの手術が脳神経外科で進められることがよくあります。また、mTORC1の抑制剤の1つ、エベロリムスという薬が結節性硬化症のてんかんの治療薬として使用されることもあります。腎臓の血管筋脂肪腫は出血の危険が高いときには、ある程度の大きさまでなら、腫瘍を養っている血管を詰めて腫瘍に栄養が行かないようにして、腫瘍を縮める方法がとられることがあります。また2012年からエベロリムスが結節性硬化症の腎腫瘍(血管筋脂肪腫)に対して承認され、広く使用されています。エベロリムスは脳腫瘍(SEGA)に対しても使用が認められています。肺のLAMに対しては、ホルモン療法や、卵巣摘出あるいは、ひどくなれば、肺移植をする場合もあります。2014年からはLAMに対する新しい治療薬としてシロリムス(ラパマイシンの別名)も使用できることになりました。顔の赤いボツボツ(血管線維腫)や爪の周りの腫瘍は、日常生活でじゃまになったり、美容的に気になる場合は、皮膚科で治療を受けることができます。凍結凝固療法、レーザアブレージョンなどが有効な治療として知られています。ラパマイシンの塗り薬が顔面の血管線維腫の治療薬として2018年に日本で開発され、2021年の国際診断基準(新規診断基準の改訂版)で盛り上がりの少ない赤い血管線維腫に対する第一選択治療法として推奨されました。現在は日本、アメリカ合衆国(USA)、EU、中国で承認され、しばしば使われています。このように、最近あたらしい治療法として、ラパマイシンやエベロリムスと呼ばれるmTORC1を抑制するお薬を使うことができるようになってきました。2019年から日本では、エベロリムスは結節性硬化症(病気の全体)のお薬として承認されています。これらの薬は結節性硬化症の腫瘍が出来やすくなるのをおさえるお薬で、脳腫瘍や、腎腫瘍に対して使えるようになりましたが、お薬の投与をやめると腫瘍がふたたび大きくなり、長期の使用が必要になります。これらのお薬はもともと免疫を抑えたり、悪性腫瘍を直すためのお薬で、特に長期の投与となると、その副作用も考える必要があります。これらのお薬の、安全で有効な使い方や、色々な治療方法の選び方について専門家が集まって協議をしている最中です。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
この病気の約60%の方が知的障害を有するといわれています。てんかんの発病が早いほど、またてんかんのコントロールが難しい人ほど、知的障害が重症化する傾向があります。専門医の先生の指示に従うことが大切です。命にかかわる症状は、小児期では知的障害やてんかんが関係する事故死や突然死、脳腫瘍による脳の圧迫などがあげられます。成人期では、腎臓の血管筋脂肪腫からの出血や、多発性嚢胞腎による腎機能障害が命にかかわることがあります。成人女性の患者さんでは、肺のLAMによる呼吸困難が、生命に関わることがあります。
9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか
それぞれの症状、すなわちてんかん、知的障害や発達障害、脳腫瘍、腎腫瘍などに応じた注意が必要です。LAMの患者さんでは、ホルモン療法や妊娠に伴う注意点があります。以前のように妊娠や出産が禁忌ということはなくなりましたが、妊娠はLAMを悪化させる可能性があります。妊娠や出産は、呼吸器内科や小児科/周産期科などの診療科がそろった病院で、産科医にLAMがあることを話して相談した上で行うことが望ましいです。またホルモン療法を受ける場合も必ず主治医にLAMがあることを報告して下さい。ピルなどの避妊薬にも注意が必要です。程度によっては気圧の変化を伴う飛行機などの乗り物は控えた方がよい場合もあります。
10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。
該当する病名はありません。
11. この病気に関する資料・関連リンク
日本結節性硬化症学会HP http://jstsc.kenkyuukai.jp/information/
用語解説
神経皮膚症候群:主として神経系(脳、脊髄、 末梢神経 )と皮膚に病変を示す病気。ただし神経・皮膚以外の臓器や組織にも症状が及ぶことはよくある。代表的な病気として、神経線維腫症、結節性硬化症、スタージ・ウェーバー症候群などがある。多くは遺伝子の突然変異に起因するが、受精卵ができるまでの変異(生殖細胞変異)による病気と、できた後の変異(体細胞変異)による病気とがある。
母斑症:皮膚に母斑(いろいろなあざのどれか)が複数個できて、ほかに内臓の病変をともなう病気。神経皮膚症候群とほぼ同義の、旧い医学用語。
mTORC1:マンマリアン(またはメカニスティック)ターゲットオブラパマイシン複合体1の略称。直訳すると「ラパマイシンの標的となる哺乳類のタンパク質」である。哺乳類などの細胞にあるタンパク質で、他のタンパク質と共同して細胞内の情報伝達を行い、細胞のサイズ、増殖、生存など複数の機能を調節する。抗生物質の1種であるラパマイシンや、その誘導体(エベロリムスなど)により、mTORC1の作用が抑制される。
てんかん:大脳の神経細胞が過剰に興奮するために生じる発作(てんかん発作)を繰り返す、慢性の病気。てんかん発作の際は、脳波に乱れが見られる。てんかんの原因は遺伝要因(結節性硬化症など)、環境要因(出生時の脳障害など)などさまざまである。
焦点意識減損発作:大脳の全体でなく、一部が過剰に興奮したために生じるてんかん発作(=「焦点発作」)で、意識の低下がある(=「意識減損」)もの。旧名、複雑部分発作。
研究班名 | 神経皮膚症候群および色素性乾皮症・ポルフィリン症の学際的診療体制に基づく医療最適化と患者QOL向上のための研究班 研究班名簿 研究班ホームページ |
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情報更新日 | 令和5年11月(名簿更新:令和6年6月) |