エプスタイン病(指定難病217)

えぷすたいんびょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

1. エプスタイン(Ebstein)病とは

心臓の中には、血液の逆流を防ぐ4つの弁があり、そのうち右心房と右心室の間にある弁を三尖弁といいます。この三尖弁の3枚の弁のうち中隔尖と後尖が下方にずれたために、弁がうまく閉鎖せず逆流を生じる病気がエプスタイン病です(図1)。生まれつきの心臓病(先天性心疾患)のひとつで、エプスタインというのは最初にこの病気を報告した人の名前です。90%の症例に心房中隔欠損を伴います。
逆流の程度や右心室の機能によって症状はいろいろで、生まれたときにすでに発症している場合や、成人まで殆ど症状が無かったり、大きな治療をすることも無く70歳くらいまで生存が可能だったりすることもあります。多くの方は小児期を比較的無症状で経過し、成人後、年齢とともに不整脈や心不全などで発症します。軽症の方を除きほとんどの方で心臓手術が必要になります。新生児期を除くと手術成績は良く、手術後も長く生きていくことが可能です。合併する上室性頻拍(副伝導路のことも多い)に対して治療が必要になることもあります。女性では、多くの方は専門施設での管理下で妊娠出産することが可能です。

 
図1:エプスタイン病の特徴

 

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

出生約8,000人から10,000人にひとりと比較的まれな疾患です。

3. この病気はどのような人に多いのですか。この病気の原因はわかっているのですか

エプスタイン病は生まれつきの病気で、明らかな原因はわかっていません。先天性心疾患の多くは、多因子遺伝といって、環境、遺伝などの多くの要素の相互作用で生じるとされています。そう病の治療薬である炭酸リチウム製剤を妊娠早期に服用しているとエプスタイン病の子どもができるという報告もあります。

4. この病気は遺伝するのですか

ご家族に同じ病気が認められる場合がありますが、ご家族の中に一人だけということが多く、遺伝を心配しすぎる必要はありません。しかし、一般的に先天性心疾患の母親からは約2~12%程度、父親からは1~5%程度の確率で何らかの先天性心疾患の子どもが生まれるということが知られており、一般の頻度(1%程度)に比べると高い確率となっています。

5. この病気ではどのような症状がおきますか

症状は非常に多彩です。最重症例では、胎児期から心不全をきたし、胎児期に胎児超音波検査で診断される場合もあります。新生児期に発症する症例では、新生児期に、チアノーゼ(血中の酸素の濃度が低く、啼泣時に唇が紫色になったりします)、呼吸の苦しい様子などで気付かれます。胎児期や新生児早期に発症した場合は、 生命予後 は不良です。乳児期に発症する場合は、哺乳不良や体重増加不良など心不全症状から気付かれることが多いのですが、無症状で心雑音により気付かれることも少なくありません。乳児期以降に発症する場合は、軽度のチアノーゼや運動能力の低下を認めることもありますが、無症状の場合も少なくありません。学童期では、学校検診・心電図検診などで、心雑音や副伝導路(WPW症候群:ウォルフ・パーキンソン・ホワイト症候群)により診断されます。成人になるにつれ、不整脈、動悸、運動時の息切れ、疲れやすいなどの症状が認められるようになります。運動時にチアノーゼを認める場合もあります。突然死は稀ですが起こることもあり、不整脈や血栓形成が原因であると考えられています。妊娠中は、不整脈、血栓に注意が必要です。
 
注意すべき症状

  1. チアノーゼ
  2. 無症状でも進行性の心拡大(胸部レントゲン検査で指摘されます)
  3. 右心室機能の悪化(息切れ、歩行時の動悸などを伴います)
  4. 頻拍を伴う不整脈
  5. 浮腫(下肢を中心とした全身のむくみ)

入院する場合の症状

  1. 頻拍をともなう不整脈で、自然に良くならない場合
  2. 高度の心不全で、浮腫、息切れ、動悸などが強い場合
  3. 心臓外科手術を行う場合
  4. 心臓カテーテル検査あるいは カテーテル治療 を行う場合
  5. 奇異性血栓(下肢からの血液の塊が、心臓を経由して頭の血管に詰まって、いわゆる脳卒中を起こした場合)

6. この病気にはどのような治療法がありますか

生まれつきの三尖弁の形態異常ですので、基本的な治療法は心臓外科治療となりますが、不整脈や心不全症状に対して内科的治療を必要とする場合もあります。
 
薬物療法、内科治療
大多数の患者さんは、小児期は症状に乏しく、無治療のまま経過をみることができますが、この場合でも、外来での定期的な経過観察を続けます。成人後は発作性頻脈などの不整脈が多くなり、必要な場合は抗不整脈薬を用いたりカテーテル不整脈治療(カテーテルアブレーション)を行ったりします。また心不全で息切れや動悸やむくみを伴う場合には、利尿薬や血管拡張薬を用いることもあります。 労作時 の易疲労感や息切れなどの心不全症状が明らかな場合やチアノーゼが悪化する場合は、手術治療を行います。また不整脈のひとつである 心房細動 の合併では、ワルファリンやDOACなどの抗凝固薬が処方されることがあります。

カテーテルアブレーション
不整脈である上室性頻拍(心房細動或いは粗動を含む)では薬物療法を行いますが、WPW症候群の合併で副伝導路が存在する場合は、カテーテルアブレーションが有効です。
妊娠出産
チアノーゼや不整脈や心不全を認めない場合、妊娠は注意深い管理下で可能です。しかし、チアノーゼを認める場合は、流死産、低出生体重児が多くなります。専門医のコンサルトを受けた後に妊娠出産をすすめることが望ましく、状態によっては妊娠前に心臓手術をするほうが良い場合もあります。
心臓外科手術治療
新生児期に発症した場合は、早期の外科治療の対象となります。この場合は右心室が使えないことが多く、多くの患者さんで三尖弁を閉鎖するスターンス手術、その後グレン手術を経て、最終的に単心室循環であるフォンタン手術が行われます。
一方、学童および成人期以降に手術が必要となる患者さんの場合は、通常、弁形成術が行われます。弁形成術にはカルポンティア法(癒着した弁尖を剥離して形成し、拡大した弁輪を縫い縮める手術)やコーン手術(弁尖を剥離して円錐状にし、三尖弁の位置に縫い付ける手術)があります。弁形成術が困難な場合は、弁置換術(生体弁あるいは人工弁置換)を行います。WPW症候群で副伝導路がある場合や心房細動が合併する場合は、術中に冷凍アブレーションを行います。心房の壁の欠損口である心房中隔欠損、卵円孔を合併するときは閉鎖術も行います。
 
学童期から成人期での手術の種類

  1. 三尖弁形成術(カルポンティア法・コーン手術)
  2. 三尖弁置換術(三尖弁形成術が困難な場合)
  3. 心房間交通の閉鎖(心房中隔欠損もしくは卵円孔開存に対して)
  4. 不整脈手術:副伝心房粗動に対する冷凍凝固、心房細動に対するメイズ手術

7. どのような場合に心臓手術になりますか?

症状の無い方や軽い方では、手術をせず内科で経過観察をします。チアノーゼが強くなった場合、 右心不全 が悪化して息切れや動悸、むくみなどが強くなった場合、薬物治療やアブレーションで治療できない不整脈のある場合、あるいは継続的に心拡大を認める場合などは、手術を考えます。
 
手術適応

  1. 経年的に進行するチアノーゼ
  2. 心不全の悪化
  3. 胸部レントゲン検査での継続的な心胸郭比の増大
  4. 内科治療の困難な反復性の上室性頻拍

8. この病気はどういう経過をたどるのですか

胎児のうちにすでに心臓が大きくて診断されている場合や、新生児期にすぐに重い症状が発症している場合はスターンス手術による外科治療を行いますが、手術後死亡することが少なくありません。乳児から小児期にはじめて診断される場合は、無症状で成人となる場合が多く、手術成績も良好で手術死亡はわずかです。また、健康診断などで思春期から成人期にはじめて診断される場合、予後は良好で、手術死亡も殆ど無く、手術後80%以上の患者さんは長期間の生存がえられます。

9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか

軽症で心拡大が軽度で不整脈も無い場合は、殆どすべての運動に参加できます。中等度で、階段を上がると少し息切れがある程度の場合は、中等度の運動は可能で、日常生活は旅行なども含めて制限はありませんが、自分のペースを守って、息切れなどの症状が出る前に休むことが必要で、競争は避けるのが原則です。ただし、症状が明らかな場合は運動制限で様子を見るのではなく、手術の適応に関して医師の診断を受ける必要があります。重度の症状がある場合は、早期の手術が必要です。抜歯や細菌感染時の際の抗生物質の投与は、感染性心内膜炎予防のために重要です。食事の面では、塩分を取り過ぎないように注意が必要です。

10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。

該当する病名はありません。

11. この病気に関する資料・リンク

① 小児・成育循環器学. 日本小児循環器学会編集. 診断と治療社, 2018.
② 先天性心疾患並びに小児期心疾患の診断検査と薬物療法ガイドライン(2018年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_Yasukochi.pdf
③ 成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/08/JCS2017_ichida_h.pdf
④ 先天性心疾患術後遠隔期の管理・侵襲的治療に関するガイドライン(2022年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/JCS2022_Ohuchi_Kawada.pdf
⑤ 心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2018年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/06/JCS2018_akagi_ikeda.pdf

 

情報提供者
研究班名 先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上、円滑な移行医療、成人期以降の予後改善を目指した総合的研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和5年11月(名簿更新:令和6年7月)