エプスタイン病(指定難病217)

えぷすたいんびょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
三尖弁の中隔尖及び後尖の弁尖付着位置が右室内にずれ落ちるために、三尖弁の閉鎖に支障が生じて高度の逆流を呈し、右房化した右室の心筋は菲薄化する。三尖弁逆流と右房化右室のために右房は著明に拡大し、機能的右室は狭小化する。新生児期の重症例では、右室からの順行性の駆出が低下し、機能的肺動脈閉鎖の血行動態を呈することがある。約90%の症例に心房中隔二次孔欠損が合併する。房室接合部における線維輪の形成も障害されるため、房室副伝導路の残存によるWPW症候群の合併例が約20~30%存在する。

図1:エプスタイン病(心房中隔欠損合併例)

2.原因
三尖弁の前尖は、僧帽弁前尖及び後尖と同様に、胎生初期の35日ころに心内膜床組織形成されるが、中隔尖と後尖は遅れて胎生3ヶ月以降に完成する。三尖弁中隔尖と後尖の発生における心内膜床の侵食(undermining)過程の異常で、弁尖と腱索は心室中隔又は右室自由壁に貼り付けられたように癒着(plastering)し、弁尖の付着位置が右室内にずれ落ちた様相となる。侵食の過程は前尖の部分から進行し先に完成するために、エプスタイン病では、心臓後部の心十字に一致する中隔尖と後尖の交連部分での偏位が最も著しくなる。本疾患での心臓発生異常の起因となる原因は不明である。
 
3.症状
三尖弁のplasteringと異形成の程度により、臨床像は極めて多彩である。
1) 新生児型:
plasteringが強い症例では、新生児早期あるいは胎児期より右室からの駆出が低下し、重篤な右心不全をきたす。最重症例では、著しい右心房及び右心室の拡大により胎児期の両肺の成長が妨げられ、出生後に人工呼吸器を使用しても呼吸が成立せず、新生児期に死亡することがある。
2)成人型:
plasteringが軽度から中等度の症例では、小児期から成人期まで、運動時の易疲労感程度で比較的無症状に経過する。しかしながら、年齢とともに三尖弁逆流による右心房右心室の拡大が進行し、心房性頻脈の出現、右心不全及びチアノーゼの悪化により、病状が徐々に進行する。最終的には巨大な右房化右室により左室が圧排され、左心不全となる。
 
4.治療法
【内科的治療】
新生児期のチアノーゼ症例では機能的肺動脈閉鎖の血行動態となるため、プロスタグランジンE1を使用し、動脈管開存を維持することで肺血流を維持する。右心不全に対しては、薬物療法による心不全治療を行う。小児期以降でのWPW症候群による上室頻拍発作に対しては、高周波カテーテルアブレーションが有効である。
【外科的治療】
1)新生児型の外科治療
著しい右心不全により、右心室からの順行性肺血流が維持できない場合、三尖弁を閉鎖してBTシャント術を併設するStarnes手術を行い、Glenn手術を経て最終的にFontan手術により単心室循環に向かう。
2)成人型の治療
NYHAIIまでの症例では利尿薬や抗不整脈薬による内科的管理を行う。NYHAIIIの心不全症状、チアノーゼの進行、難治性不整脈の出現などが手術適応となる。外科手術としては、癒着した三尖弁を剥離して釣り上げ形成し、拡大した三尖弁輪を縫縮するCarpentier法や、三尖弁尖の大半を剥離して円錐状に整形して本来の弁輪に取り付けるCone手術が行われる。難治性不整脈には、カテーテルアブレーションを行う。
 
5.予後
胎児期に診断され肺低形成を合併する重症例は重篤であり、胎児・新生児死亡が多い。中等症例では、新生児期を過ぎると肺血管抵抗の低下により全身状態は改善し、小児期には比較的無症状で経過する。成人期以降、特に40-50歳以降には、加齢とともに右室機能は低下し、右心不全症状、頻脈性不整脈、チアノーゼなどが進行し、最終的には左心不全に陥る。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(手術療法も含め根治療法は確立されていない。)
4.長期の療養
必要
5.診断基準
あり(学会作成の診断基準あり。)
6.重症度分類
NYHA心機能分類II度以上を対象とする。
 
○ 情報提供元
日本小児循環器学会、日本成人先天性心疾患学会、日本循環器学会

厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)
「先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上と生涯にわたるQOL改善のための総合的研究」研究班
 
 
<診断基準>
Definiteを対象とする。
 
エプスタイン病の診断基準
 
A: 心エコー検査
1.断層心エコー図の心尖部四腔断面により、三尖弁中隔尖の心尖方向への付着部位偏位(僧帽弁付着部から8mm/m2(体表面積)以上偏位)と巨大で動きの大きい前尖を認める。
2.右房拡大、右房化右室と機能的右室を認める。
3.三尖弁の逆流を認める。

<診断のカテゴリー>
Definite: Aの1~3の全てを満たす場合をエプスタイン病と診断する。

※下記の症状、検査所見を診断の参考とする。
B: 参考となる症状
1.臨床像は極めて多彩であり、重症例では胎児・新生児期にチアノーゼと心不全のために死亡する(新生児型)。
2.軽症例では成人期に発見される場合もある(成人型)。
3. 成人期以降は、加齢とともに右心機能不全をきたし、難治性不整脈やチアノーゼを認めるようになる。
4. 約20-30%にWPW症候群を合併し、発作性上室頻拍を認める。

C: 参考となる検査所見
【胸部X線所見】
1.心陰影は、右房拡大により右第2弓は突出し、箱型の心拡大を認める。
2.肺血流減少による肺血管陰影の減少を認める。

【心電図】
1.右房負荷、1度房室ブロック(PQ延長)、右脚ブロックの所見を示す。
2.WPW症候群の合併例では、上室性頻拍や偽性心室頻拍(1:1の心房粗動)を認める。

【心臓カテーテル・造影所見】
1.心内心電図と心内圧の同時記録により、右房化右室の証明が可能である(右室内心電図を示す部分で心房波形を認める。)。
2.造影で、機能的右室と右房化右室を認める。
3.三尖弁の閉鎖不全を認める。


<重症度基準>
NYHA心機能分類II度以上を対象とする。
NYHA分類

I度

心疾患はあるが身体活動に制限はない。
日常的な身体活動では疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは
狭心痛(胸痛)を生じない。

II度

軽度から中等度の身体活動の制限がある。安静時又は軽労作時には無症状。
日常労作のうち、比較的強い労作(例えば、階段上昇、坂道歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。

III度

高度の身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常労作のうち、軽労作(例えば、平地歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。

IV度

心疾患のためいかなる身体活動も制限される。
心不全症状や狭心痛(胸痛)が安静時にも存在する。
わずかな身体活動でこれらが増悪する。

NYHA: New York Heart Association
 
 
 
NYHA分類については、以下の指標を参考に判断することとする。

NYHA分類

身体活動能力
(Specific Activity Scale; SAS)

最大酸素摂取量
(peakVO2

I

6METs以上

基準値の80%以上

III

3.5~5.9 METs

基準値の60~80%

III

2~3.4 METs

基準値の40~60%

IV

1~1.9 METs以下

施行不能あるいは
基準値の40%未満

 
※NYHA分類に厳密に対応するSASはないが、「室内歩行2METs、通常歩行3.5METs、ラジオ体操・ストレッチ体操4METs、速歩5~6METs、階段6~7METs」をおおよその目安として分類した。
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上、円滑な移行医療、成人期以降の予後改善を目指した総合的研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和6年7月)