タンジール病(指定難病261)
1. 「タンジール病」とはどのような病気ですか
タンジール病は、アメリカ東海岸のバージニア州タンジール島で初めて発見されたことから名付けられた病気です。この病気では血中のリポタンパク質粒子(脂質とタンパク質からなる粒子)のうちHDLという粒子に含まれるコレステロール(HDLコレステロール)の濃度が極端に低いことがわかっていました。その後の研究で、タンジール病は、HDLを産生するのに必要なABCA1というタンパク質が遺伝的に欠損していたり、あるいは機能が失われていることにより、HDLがほとんど作られない病気であることがわかりました。 コレステロールは体の様々な場所で必要な物質であり、血中のLDLというリポタンパク質に含まれて全身に送り届けられています(LDLコレステロール)。しかし私たちの体はコレステロールを分解することが出来ず、使い古したコレステロールは肝臓に運ばれて胆汁酸にかえられて体外(消化管)に排出されます。これを担うのが血中のHDLです。 血中のLDLコレステロール値が長い年月にわたり高い状態が続くとコレステロールが動脈の壁に溜まってしまうことがあり、これを動脈硬化(どうみゃくこうか)と言います。それゆえ、LDLコレステロールを「悪玉コレステロール」とも呼びます。動脈硬化が心臓に栄養する血管に起これば狭心症や心筋梗塞を発症しますし、脳を養う血管に起これば脳梗塞などの病気を発症します。HDLは動脈の壁に溜まったコレステロールを回収する機能を持っていると考えられます。実際、HDLコレステロール濃度が低いと動脈硬化が起こりやすく、高い時は起こりにくいので、HDLコレステロールを「善玉コレステロール」とも呼ばれています。タンジール病では、HDLがほとんどないことで、血管壁を含めた全身の様々な場所にコレステロールが溜まってしまい、動脈硬化も起こりやすくなっています。 この病気に特徴的な所見や症状は、扁桃腺のオレンジ色の腫れ、肝臓や脾臓の腫れ、目の角膜の濁り、手足の末梢神経の障害、比較的若い年齢での狭心症・心筋梗塞などの全身の血管に生じる動脈硬化で、動脈硬化による病気の重症度が、予後に影響します。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
国内、国外を通じて稀な遺伝性疾患であり、我が国でもこれまでに35例程度の報告しかありません。しかし、動脈硬化に関連する症状がでるまでは、比較的緩やかな症状の出現にとどまるため、健康診断を受診されたことのない方の中には見逃されている患者さんが、一定数おられる可能性があります。
3. この病気はどのような人に多いのですか
タンジール病は 常染色体潜性遺伝(劣性遺伝) という形式で遺伝します。私たちは一つのタンパク質(例えばABCA1)について両親から1つずつ遺伝子をもらい、1対2個の遺伝子を引き継ぎます。タンジール病では引き継いだ両方の遺伝子に変異があると発症しますが、一方のみでは発症せず保因者となります。それゆえ、両親がいずれも保因者であり、その子供さんがたまたま2つともタンジール病の遺伝子変異を受け継いだ場合に、タンジール病を発症します。本邦では地域による発症の偏りは確認されていません。
4. この病気の原因はわかっているのですか
細胞が使い古したコレステロールをHDLに乗せて排出するために必要なタンパク質であるABCA1が、遺伝子の変異により欠損したり、その働きがほとんど無くなったりすることによって起こることがわかっています。肝臓や小腸でABCA1が働かないことによりHDLがほとんど作られなくなり、血中のHDLコレステロール濃度が著しく低下します。また、血中にHDLがほとんど無いないために、血管壁を含めた全身のさまざまな臓器で、使い古したコレステロールが回収されず臓器に蓄積するため、扁桃腺ではオレンジ色の腫れ、肝臓や脾臓の腫れ、目の角膜の濁り、手足の痺れなどの知覚障害や運動障害などの症状が出現します。また、動脈壁でもコレステロールの回収が行われないため、比較的若い年齢で狭心症や心筋梗塞などの動脈硬化性の病気を起こす原因になります。
5. この病気は遺伝するのですか
上に述べたように、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式により遺伝します。親がタンジール病、あるいは親が保因者の場合には子にタンジール病を起こす場合があります。その確率は、両親ともにタンジール病の場合は100%、一方がタンジール病でもう一方が保因者の場合は50%、両親とも保因者の場合は25%となります。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
タンジール病には以下の様々な所見や症状が認められます。
- 血中HDLコレステロール濃度の低下:
血中HDLコレステロール濃度が著しく低下し、0 mg/dLに近い値になります。またLDLコレステロール濃度も低下していることが多いです。 - オレンジ色から黄色の扁桃腺の腫大: 約半数の患者さんで、鮮明なオレンジ色から黄色の扁桃腺の腫大が見られ、摘出が必要になったり、扁桃腺炎を繰り返し起こしたりします。
- 肝臓や脾臓の腫大: 約3分の1の患者さんに、腹部エコーや腹部CT検査で、肝臓や脾臓の腫大が認められます。一方、肝機能障害は認めません。
- 角膜混濁:
目の角膜が白く混濁します。 - 末梢神経障害:
末梢神経が障害され、知覚障害、運動障害またはその両方を生じることがあります。 - 全身の動脈硬化に伴う症状: 比較的若い年齢で、全身の動脈硬化に伴う症状が出現することがあります。心臓では狭心症・心筋梗塞に伴う胸痛や胸部圧迫感など、脳では脳梗塞に伴う麻痺など、下肢では閉塞性動脈硬化症に伴う間欠性跛行(安静時や歩き始めは痛みを感じないが、歩き続けているうちに痛みや疲労感を感じ、足を引きずるような歩き方)などの症状が出現します。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
現在のところタンジール病に対する根治的な治療や、遺伝子治療などの先進医療は、まだ開発されていません。
現在の治療の主体は、動脈硬化の進展を防ぐために、低HDLコレステロール以外の動脈硬化を促進する要因である、脂質異常症(LDLコレステロール・トリグリセライド)の管理を強化したり、糖尿病、高血圧症に対する治療をしっかり行なったり、血栓形成を阻害するために抗血小板薬を内服したり、喫煙などの生活習慣を是正するなどが主体となります。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
タンジール病の経過は、動脈硬化の進展による狭心症や心筋梗塞の重症度が大きく左右します。これらの疾患の発症は生命の危機とつながる可能性がありますが、近年、早期診断のための検査法が進歩しており、深刻な病状になる前に早期診断し速やかに治療することで予後が改善することが期待されます。専門医による診療を継続的に受け、早期診断のための画像検査を定期的に受けることが重要です。
9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか
タンジール病では、HDLコレステロール濃度は低いものの、LDLコレステロールやトリグリセライドなどの脂質は増加していることもあるため、食事は多価不飽和脂肪酸を多く含む魚などをより多めに摂取し、飽和脂肪酸の多い肉類やコレステロールを多く含む卵などは少な目に摂ることが勧められます。また、高血圧を合併した場合には減塩食、糖尿病をきたした場合には総摂取カロリーや糖質の制限も必要となります。扁桃腺の障害が見られる場合にはうがいの励行や必要時には扁桃腺摘出術の検討を、神経障害が見られる場合にはそれぞれに応じた日常生活での配慮(しびれや知覚障害にともなう怪我からの保護など)が必要になります。
10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。
該当する病名はありません。