脳腱黄色腫症(指定難病263)
○ 概要
1.概要
脳腱黄色腫症(ステロール27位水酸化酵素欠損症)は、シトクロムP-450(CYP)酵素の一つであるステロール27位水酸化酵素をコードする遺伝子(CYP27A1)の異常により、その活性が低下する常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患である。神経組織や腱組織をはじめとする全身に蓄積した脂質成分が、コレステロール及びコレスタノール(コレステロールに類似した構造を示す物質)であったことから、先天性ステロール蓄積症であることが同定された。2015年に実施した全国調査では40例の脳腱黄色腫症患者の存在が確認され、平均発症年齢は24.5歳であった。また、これまでに本邦から約60例の本症患者の報告がある。本症は精神発達遅滞・認知機能障害・錐体路症状・小脳症状などの進行性神経障害、アキレス腱黄色腫及び若年性白内障、早発性心血管疾患などにより特徴づけられる疾患である。また、新生児~乳児期の遷延性黄疸・胆汁うっ滞や若年発症の慢性の下痢で発症する症例も報告されている。
2.原因
CYP27A1遺伝子異常によるステロール27位水酸化酵素欠損からC27-ステロール側鎖の酸化障害がおきると、コレステロールから胆汁酸が合成される経路が障害される。コール酸とケノデオキシコール酸(CDCA)の合成経路に入るが、CYP27A1欠損のためにCDCA合成が行われず、コレスタノールや胆汁アルコールの過剰産生が起こる。CDCAによるコレステロール分解へのネガティブフィードバックが消失するため、コレスタノール・胆汁アルコールの産生が助長される。
また、27-水酸化コレステロールが、コレステロール逆転送系で重要な機能をもつLiver X receptor(LXR)の内因性リガンドであることから、LXR機能低下によるマクロファージからのコレステロール排出障害の結果、黄色腫や若年性動脈硬化症の一因となっている可能性がある。
3.症状
進行性の神経障害(知能低下・錐体路症状・小脳症状など)
皮膚・腱黄色腫
若年性白内障
早発性心血管疾患
4.治療法
胆汁酸プール補充目的にCDCAを投与することで、コレステロール・コレスタノールの産生を抑制しうる。CDCA投与により、血清コレスタノールの上昇や尿中への胆汁アルコール排泄増加といった生化学的検査異常が改善する。また、その結果として組織へのコレスタノールの蓄積が抑制される。早期治療により臨床症状の改善も期待できる。
5.予後
無治療の場合は進行性の神経障害により若年時より著しくADLが低下する。早発性心血管疾患による心血管死が生命予後を規定する。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満
2. 発病の機構
不明(CYP27A1遺伝子異常が関与している。)
3. 効果的な治療方法
未確立(CDCA長期投与が有効である可能性が示されている。)
4. 長期の療養
必要(遺伝子異常を背景とし、代謝異常が生涯持続するため。)
5. 診断基準
あり(2018年5月脳腱黄色腫症の実態把握と診療ガイドライン作成に関する研究班、原発性脂質異常症に関する調査研究班による。日本神経学会承認)
6. 重症度分類
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
○ 情報提供元
難治性疾患政策研究事業「原発性脂質異常症に関する調査研究班」
研究代表者 国立循環器病研究センター研究所分子病態部 非常勤研究員 斯波真理子
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
脳腱黄色腫症の診断基準
A.症状
1.腱黄色腫
2. 進行性の神経症状*又は精神発達遅滞
3. 若年発症の白内障
4. 若年発症の冠動脈疾患
5. 小児~若年発症の慢性の下痢
6. 若年発症の骨粗鬆症
7. 新生児~乳児期の遷延性黄疸・胆汁うっ滞
*進行性の神経症状としては、認知機能障害、小脳症状、錐体路症状、錐体外路症状、けいれん、脊髄性感覚障害、末梢神経障害などの頻度が高い。
B.生化学的検査所見
血清コレスタノール濃度4.5µg/mL以上
(健常者の平均値±SD: 2.35±0.73µg/mL)
C.鑑別診断
以下の疾患による血清コレスタノール高値を除外する。
・家族性高コレステロール血症
・シトステロール血症
・閉塞性胆道疾患
・甲状腺機能低下症
D.遺伝学的検査
CYP27A1遺伝子の変異
(変異をホモ接合体又は複合ヘテロ接合体で認める)
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのうち1項目以上+Bを満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外し、Dを満たすもの
Probable:Aのうち1項目以上+Bを満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの
Possible:Aのうち1項目以上+Bを満たすもの
<重症度分類>
○modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書 |
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modified Rankin Scale |
参考にすべき点 |
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0 |
まったく症候がない |
自覚症状及び他覚徴候がともにない状態である |
1 |
症候はあっても明らかな障害はない: |
自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である |
2 |
軽度の障害: |
発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である |
3 |
中等度の障害: |
買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である |
4 |
中等度から重度の障害: |
通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である |
5 |
重度の障害: |
常に誰かの介助を必要とする状態である |
6 |
死亡 |
日本脳卒中学会版
食事・栄養 (N)
0.症候なし。
1.時にむせる、食事動作がぎこちないなどの症候があるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.食物形態の工夫や、食事時の道具の工夫を必要とする。
3.食事・栄養摂取に何らかの介助を要する。
4.補助的な非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)を必要とする。
5.全面的に非経口的栄養摂取に依存している。
呼吸 (R)
0.症候なし。
1.肺活量の低下などの所見はあるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.呼吸障害のために軽度の息切れなどの症状がある。
3.呼吸症状が睡眠の妨げになる、あるいは着替えなどの日常生活動作で息切れが生じる。
4.喀痰の吸引あるいは間欠的な換気補助装置使用が必要。
5.気管切開あるいは継続的な換気補助装置使用が必要。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。