エプスタイン症候群(指定難病287)
1. 「エプスタイン症候群」とはどのような病気ですか
エプスタイン症候群とは、1)血小板減少症、2)腎機能障害、3)難聴、の3つの症状を示す病気です。血小板とは血管に傷がつき、出血が起こった時に止血する機能を持ちます。エプスタイン症候群では血小板が減少しますから、けがをした時や、手術した時などに出血が止まりにくくなります。またエプスタイン症候群の患者さんは、血小板の数が少ないとともに、血小板の形が大きく(巨大血小板)、血小板の特徴からエプスタイン症候群と診断されることが多くあります。
1)の血小板減少症はエプスタイン症候群の全ての患者が生まれた時から認められる症状です。一方、2)腎機能障害、3)難聴については、発症時期が患者さんによって異なります(下記の説明を参照してください)。
腎機能障害が早期に発症する方では、小学校低学年頃から検尿で蛋白尿や血尿が認められるようになり、検尿の異常が進行するとともに、腎臓の機能も低下していきます。また腎機能障害が早期に発症する患者さんでは、難聴も比較的早期に発症します。腎機能障害の程度と難聴の程度はほぼ、比例すると考えられます。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
エプスタイン症候群については、最近まであまり知られておらず、他の疾患(特発性血小板減少性紫斑病、アルポート症候群など)と間違えて診断されているケースが多くありました。本邦でどの程度の患者さんがいるのかははっきりとはわかっておりません。最近行われた調査からは、本邦で200人前後の患者さんがいると推測されます。今後、この疾患がよく知られるようになると多くの患者さんが発見される可能性もあります。
3. この病気はどのような人に多いのですか
この疾患は遺伝病であることがはっきりしています。遺伝的原因については、次項を参照ください。逆に言えば、遺伝変異がない人には、エプスタイン症候群は発症しません。
4. この病気の原因はわかっているのですか
この疾患は遺伝病であることがはっきりしています。エプスタイン症候群は、血小板を作る細胞(巨核球と言います)、腎臓細胞、音を感じる細胞(内耳細胞と呼ばれます)において、細胞の形を整えたり、維持したりする分子に先天的な異常があるために生じます。
この分子はミオシン重鎖IIAという分子です。ミオシンという分子は、筋肉などの骨格筋細胞においてはアクチンという分子とともに「運動機能」を発揮します。一方、血液細胞や腎臓細胞、内耳細胞など、運動に直接関係のない細胞においては、細胞を形作る機能を担っています(このような機能のために 細胞骨格 分子と呼ばれます)。
エプスタイン症候群では、ミオシン重鎖IIA分子の設計図である遺伝子(MYH9と呼ばれる遺伝子)に先天的に異常があるため、ミオシン重鎖IIA分子が重要な働きをしている、血小板、腎臓、耳に異常が生じるのです。
この異常は多くは、親から子供に伝わる遺伝病として発症しますが、一部は、お母さんの子宮の中で発育している胎児の段階で遺伝子変異(MYH9遺伝子変異)が生じることがあり、こうした場合には、親には異常がなく、子供に初めて異常が生じることがあります。
5. この病気は遺伝するのですか
この疾患は遺伝病であることがはっきりしています。前項を参照ください。また遺伝形式は、「 常染色体顕性遺伝(優性遺伝) 」という遺伝形式を示します。
常染色体顕性遺伝(優性遺伝)では、両親のいずれかが病気である場合(この場合はエプスタイン症候群)、その子供には、50%(1/2)の確率で遺伝することになります。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
すでに繰り返し述べたように、エプスタイン症候群の患者さんでは以下の3つの症状を認めます。
1)巨大血小板性血小板減少症
2)腎機能障害(進行性)
3)難聴(高音性、感音性難聴)
まれに、白内障を呈する患者さんもいます。以下、それぞれについて詳しく説明します。
1)巨大血小板性血小板減少症
エプスタイン症候群の患者さんのほとんどは、血小板減少症による出血傾向により発見されます。患者さんにより様々ですが、多くのエプスタイン症候群の患者さんでは、血液の血小板数が2〜数万/µL程度、あるいはそれ以下(数千/µL)です。これは生まれた時からです。血小板は、血管が傷ついた時にその場所に接着(くっつく)し、血管の穴を閉じる働きを持っています。病気のない人では、血液の血小板数はおおよそ20万〜40万/µL程度ですから、エプスタイン症候群の患者さんでは、血小板数は約5〜10%(1/10〜1/20、あるいはそれ以下)ということになります。このように少ない血小板数では、外傷などで血管に開いた穴を閉じる機能は十分ではなく、「出血しやすく」なるわけです。病院では、血小板数は採血することにより簡単に測定できますから、医師からは「血小板減少症です」と診断されることになります。
ここで注意しなければならないのは、血小板減少症にはいろいろな原因によるものがあることです。生まれたばかりの赤ちゃんから大人まで、血小板減少症で最も多い疾患は、「特発性(あるいは免疫性)血小板減少性紫斑病」という病気で、エプスタイン症候群の患者さんたちも、私たちの調査からは、そのほとんどが小児期には「特発性血小板減少性紫斑病」という診断を受け、さらに、 免疫グロブリン 製剤やステロイドの投与を受けています。残念ながら、エプスタイン症候群での患者さんにはこうした薬物は全く効果がなく、「原因不明の血小板減少症」として扱われることが大半です。
一方、エプスタイン症候群では、血小板の数が少ないとともに、「血小板の大きさが大きい(巨大血小板)」という特徴があります。注意深い検査技師や医師により、この巨大血小板が発見され、「エプスタイン症候群ではないか?」と診断がつくことが多いです。
血小板数が1万/µL以下になると、 重篤 な出血(例えば頭蓋内出血)をおこすこともありますが、エプスタイン症候群の患者さんでは、通常そうした重篤な出血をおこすことはまれです。ただし、やはり出血しやすいことは事実ですから、とくに頭部外傷による頭蓋内出血には十分な注意が必要です。
2)腎機能障害(進行性)
エプスタイン症候群の患者さんで問題になるのは「進行性腎機能障害」です。進行の早いタイプ(進行の早い遺伝子変異を持つ患者さん)では、小学校低学年以降に蛋白尿を主体とした検尿異常が発症し、発症後は腎機能が比較的早期に悪化します。最終的に「透析治療」や「移植医療」を受けねばならない患者さんも多くいらっしゃいます。腎機能障害については、後述するようにその進行を遅くする治療方法が提唱されていますので、この疾患について十分な知識をもった医師の判断の上で治療を開始すべきです。また、不幸にして末期腎不全(透析などの腎代替療法が生命維持に必要な状態)に至った患者さんは従来、血小板数が少ないゆえに 血液透析 や腎移植が難しいと考えられてきましたが、近年、そうした懸念は不要であることがわかってきました。エプスタイン症候群の患者さんも透析治療や腎移植治療が安全に受けられます。ただし、こうした治療もエプスタイン症候群に対しての治療経験がある医師のアドバイスを受けて治療を行うべきと考えています。
3)難聴(高音性、感音性難聴)
難聴もエプスタイン症候群の特徴の一つです。難聴と腎機能障害はほぼ比例する(腎機能障害が重い患者さんは難聴の程度も重い、逆に、腎機能障害が軽い患者さんは難聴も程度も軽い)と考えられています。
難聴は他の遺伝性難聴と同じように、高音域(6,000〜8,000Hz)の音が聞きにくい高音性難聴(感音性難聴とも言います)を呈します。低音〜中音域の聴力は比較的保たれるので、高音域の難聴が相当に進行しても、補聴器なしでもある程度の音を聞き取ることができます。難聴がどの程度かは、耳鼻科医に「オージグラム」という検査方法によって正確に測定してもらう必要があります。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
多くの遺伝性疾患のように、エプスタイン症候群も、現時点では「根治的な治療方法」はありません。エプスタイン症候群には3つの主要な症状がありますが、それぞれに注意して、合併症を起こさない(血小板減少による頭蓋内出血)、進行を遅らせる(腎機能障害に対しては、アンギオテンシン受容体拮抗薬がある程度有効な可能性があります)、などの対処が必要になってきます。聴力障害に対しては、まず適切に聴力を評価し、聴力にあった補聴器を用いるべきでしょう。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
血小板減少は生涯にわたり変化はありません。大きな出血を避け、手術などやむを得ない場合には「血小板輸血を行う」ことで生命には問題ありません。
一方、腎機能障害が進むタイプでは、上記に説明したアンギオテンシン受容体拮抗薬による治療が考慮されますが、それでも腎機能障害が悪化し、末期腎不全に至った方では、透析治療あるいは腎移植療法を受けていただくことになります。本邦ではこうした腎代替療法が十分に確立されているので、適切な施設でこうした治療を受けることで十分な 生命予後 が期待できます。
難聴に関しては、補聴器でも十分でない状態に至った場合には、「人工内耳移植」という方法もあります。
このように、エプスタイン症候群では、腎機能障害と難聴は進行しますが、進行を遅らせる治療や、最終的な代替療法があり、現在も発展を続けていますので、主治医の先生とよくご相談されることがなによりも重要です。
9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか
すでに1〜8で記した点に注意して日常生活を送りましょう。腎機能障害の診療はとくに重要です。腎機能障害の程度にあった生活や投薬(高血圧が発症すれば塩分制限が必要になりますし、腎不全が進行すれば薬物治療が必要になります)を受けるように主治医とよくご相談ください。
10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。
MYH9異常症、メイ・へグリン異常症、メイ・へグリン異常、セバスチャン症候群、フェクトナー症候群