特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る。)(指定難病327)
○ 概要
1.概要
特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る。)は、血液凝固制御因子のプロテインC(PC)、プロテインS(PS)及びアンチトロンビン(AT)の先天的欠乏により病的血栓傾向となり、若年性に重篤な血栓症を発症する疾患群である。新生児・乳児期には脳出血・梗塞や電撃性紫斑病などを引き起こし、小児期・成人では時に致死性となる静脈血栓塞栓症の若年発症や繰り返す再発の原因となる。
2.原因
PC、PS及びATの遺伝子変異による血液凝固制御活性低下は、重篤な血栓症を引き起こすと考えられている。いずれも常染色体優性遺伝形式をとる。PCはプロテアーゼ型血液凝固制御因子でPSはその補酵素、ATはセリンプロテアーゼインヒビター型血液凝固制御因子である。いずれの因子の活性低下によっても血液凝固反応が過度に亢進する。単一因子のヘテロ接合体に比して、ホモ接合体ないし複合ヘテロ接合体では血液凝固亢進の程度が増すと考えられているが、症例により症状に差があること、新生児・乳児期と小児期・成人で何故症状が違うか、など明らかになっていない点も多い。
3.症状
ホモ接合体ないし複合ヘテロ接合体では、新生児・乳児期より脳出血・梗塞、脳静脈洞血栓症などの重篤な頭蓋内病変が先行して発症することが多く、さらには電撃性紫斑病や硝子体出血を来す(ただし、先天性AT欠乏症のホモ接合体ないし複合ヘテロ接合体は一般的には胎生致死である。)。ヘテロ接合体では、長時間不動、外傷、手術侵襲、感染症、脱水、妊娠・出産、女性ホルモン剤服用などの誘因を契機に小児期以降から若年成人期にかけて、再発性の静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症や肺塞栓症など)を発症するが、急性肺塞栓症は時に致死的となる。新生児・小児あるいは成人の脳梗塞など動脈血栓症との関係も示唆されている。成人女性では習慣流産を来す場合もある。また、深部静脈血栓症により慢性的な静脈弁不全が生じると、下肢静脈瘤、静脈うっ滞性下腿潰瘍などを生じる(慢性静脈不全症状)。
4.治療法
新生児・乳児期の発症例では、補充療法として新鮮凍結血漿かつ/又はAT製剤や活性化PC製剤などの投与が必要となるが、長期にわたって補充療法を必要とする場合がある。肝移植が国内でも成功し、根治療法として期待がかけられている。小児期・成人における血栓症急性期には、重症度に応じて抗凝固療法、血栓溶解療法、血栓吸引療法などを行い、慢性期には再発予防として長期に抗凝固薬を内服する。小児期の抗凝固療法の適応と方法は年齢を考慮して慎重に決定する。血栓症の既往のある妊婦は、経口抗凝固薬は催奇形性があるため内服できず、妊娠期間中毎日ヘパリンの自己注射を行う必要がある。また、AT欠乏症妊婦ではAT製剤を補充する場合がある。
5.予後
新生児・乳児期の頭蓋内病変発症例は致死的な場合もあり、救命できても生涯にわたり重篤な後遺症を残すことが多い。電撃性紫斑病では、壊死した四肢の切断に至ることも少なくない。硝子体出血など眼病変で失明することもある。小児期・成人発症例においても、急性肺塞栓症は時に致死的であり、救命できても再発を繰り返し、肺高血圧症を併発すると予後不良である。頭蓋内病変による中枢神経合併症などを伴うことがある。したがって、再発予防のために長期の抗凝固薬内服や下大静脈フィルター留置などを要する。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
研究班の全国調査から、本邦での患者総数は、約2,000人、年間発症患者数は、新生児・乳児期発症患者は100人未満、成人発症患者は約500人と推定される。
2.発症の機構
不明(PC、PS及びATの遺伝子異常によるが、新生児・乳児期と小児期・成人の発症様式が異なるなど発症機構が明らかでない部分も多い。)
3.効果的な治療方法
未確立(新生児・乳児期発症例には補充療法により寛解状態を得られることがあるが、小児期・成人発症例の多くは、対症療法や症状の進行を遅らせる治療法のみである。)
4.長期の療養
必要(血栓症の再発や臓器障害の防止のため)
5.診断基準
あり(研究班作成の診断基準)
6.重症度分類
研究班作成の重症度分類を用いる。
○ 情報提供元
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業(平成26~28年度)「血液凝固異常症等に関する研究班」
代表者 慶應義塾大学医学部 教授 村田満
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業(平成26~27年度)「新生児・小児における特発性血栓症の診断、予防および治療法の確立に関する研究班」
代表者 山口大学大学院医学系研究科(現九州大学大学院医学研究院) 教授 大賀正一
日本血液学会
代表者 九州大学医学研究院 教授 赤司浩一
日本血栓止血学会
代表者 医療法人康麗会 笛吹中央病院 院長 尾崎由基男
日本小児血液・がん学会
代表者 広島大学大学院医歯薬保健学研究院 教授 檜山英三
日本産婦人科新生児血液学会
代表者 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 教授 瀧正志
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
A.症状
年齢に応じて好発する症状に差がみられる。
1.新生児・乳児期(0~1歳未満)
胎児脳室拡大(水頭症)、新生児脳出血・梗塞、脳静脈洞血栓症、電撃性紫斑病、硝子体出血。皮膚の出血斑、血尿などがしばしばみられる。
2.小児期(1歳以上18歳未満)・成人(18歳以上)
静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳静脈洞血栓症、上腸間膜静脈血栓症など)、動脈血栓症(脳梗塞など)。
小児期では、脳出血・梗塞で発症する割合が多い。
成人女性では、習慣流産を来す場合もある。
※長時間不動、外傷、手術侵襲、感染症、脱水、妊娠・出産、女性ホルモン剤服用などが発症の誘因となることがある。
※症状には、CT、MRI、超音波等の画像検査にて確認された無症候性のものも含む。
B.検査所見
1.血漿中のPC活性が成人の基準値の下限値未満
2.血漿中のPS活性が成人の基準値の下限値未満
3.血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満
※いずれの活性についても、それぞれの測定法での基準値に準拠する。
※18歳未満の症例については、年齢別下限値(表1)を参照する。
※複数回測定にて、ビタミンK拮抗薬服用、肝機能障害、妊娠、女性ホルモン剤使用、ネフローゼ症候群、血栓症の発症急性期、感染症などによる二次的活性低下を除外する。
※ビタミンK欠乏(特に新生児・乳児)と消費性凝固障害による影響を考慮して判断するために各活性測定時に、FVII活性及びPIVKAIIを同時に測定することが望ましい。
表1 新生児期~小児期の年齢別下限値 (成人の下限値に対する割合)
年齢 |
PC |
PS |
AT |
0日~89日 |
60% |
60% |
65% |
90日~3歳未満 |
85% |
85% |
65% |
3歳~7歳未満 |
85% |
85% |
85% |
7歳~18歳未満 |
100% |
100% |
100% |
Ref) Ichiyama, M et al. Pediatr Res. 2016, 79:81-6.
C.鑑別診断
PC、PS、AT欠乏症以外の遺伝性血栓性素因に伴う血栓傾向および血小板の異常(骨髄増殖性腫瘍など)、血管障害、血流障害、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍など。
新生児期~小児期では、更に以下の疾患を鑑別する。
新生児期:仮死、呼吸窮迫症候群、母体糖尿病、壊死性腸炎、新生児抗リン脂質抗体症候群など。
乳児期・小児期:川崎病、心不全、糖尿病、鎌状貧血、サラセミアなど。
D.遺伝学的検査
AT遺伝子(SERPINC1)、PC遺伝子(PROC)、PS遺伝子(PROS1)のいずれかに病因となる変異が同定されること。
E.遺伝性を示唆する所見
1.若年性(40歳以下)発症
2.繰り返す再発(特に適切な抗凝固療法や補充療法中の再発)
3.まれな部位(脳静脈洞、上腸間膜静脈など)での血栓症発症
4.発端者と同様の症状を示す患者が家系内に1名以上存在
<診断のカテゴリー>
Definite:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外し、Dを満たすもの
Probable:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外し、Eの2項目以上を満たすもの
Possible:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外したもの
<重症度分類>
機能的評価:Barthel Index 85点以下を対象とする。
ただし、直近6か月以内に、治療中であるにもかかわらず再発した場合は、Barthel Indexで90点以上であっても、対象とする。
※治療とは、抗凝固療法や補充療法(新鮮凍結血漿かつ/又はAT製剤、活性化PC製剤、乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤など)を指す。
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質問内容 |
点数 |
1 食事 |
自立、自助具などの装着可、標準的時間内に食べ終える |
10 |
部分介助(例えば、おかずを切って細かくしてもらう) |
5 |
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全介助 |
0 |
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2 車椅子からベッドへの移動 |
自立、ブレーキ、フットレストの操作も含む(歩行自立も含む) |
15 |
軽度の部分介助又は監視を要する |
10 |
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座ることは可能であるがほぼ全介助 |
5 |
|
全介助又は不可能 |
0 |
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3 整容 |
自立(洗面、整髪、歯磨き、ひげ剃り) |
5 |
部分介助又は不可能 |
0 |
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4 トイレ動作 |
自立(衣服の操作、後始末を含む、ポータブル便器などを使用している場合はその洗浄も含む) |
10 |
部分介助、体を支える、衣服、後始末に介助を要する |
5 |
|
全介助又は不可能 |
0 |
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5 入浴 |
自立 |
5 |
部分介助又は不可能 |
0 |
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6 歩行 |
45m以上の歩行、補装具(車椅子、歩行器は除く)の使用の有無は問わず |
15 |
45m以上の介助歩行、歩行器の使用を含む |
10 |
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歩行不能の場合、車椅子にて45m以上の操作可能 |
5 |
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上記以外 |
0 |
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7 階段昇降 |
自立、手すりなどの使用の有無は問わない |
10 |
介助又は監視を要する |
5 |
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不能 |
0 |
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8 着替え |
自立、靴、ファスナー、装具の着脱を含む |
10 |
部分介助、標準的な時間内、半分以上は自分で行える |
5 |
|
上記以外 |
0 |
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9 排便コントロール |
失禁なし、浣腸、坐薬の取扱いも可能 |
10 |
ときに失禁あり、浣腸、坐薬の取扱いに介助を要する者も含む |
5 |
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上記以外 |
0 |
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10 排尿コントロール |
失禁なし、収尿器の取扱いも可能 |
10 |
ときに失禁あり、収尿器の取扱いに介助を要する者も含む |
5 |
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上記以外 |
0 |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。