肺胞低換気症候群(指定難病230)
1. 肺胞低換気症候群とは
指定難病「肺胞低換気症候群」(難治性肺胞低換気症候群)の患者さんは、睡眠中に高度の高二酸化炭素血症になることを共通の病態としてもっています。1)先天性中枢性低換気症候群(congenital central hypoventilation syndrome:CCHS)、2)特発性中枢性肺胞低換気症候群、3)重症肥満低換気症候群の3病態を指定難病として認定しています。
肺の働きは、空気中の酸素を取り入れ、体の中で産生された二酸化炭素を排出することです。健康な人が呼吸をする時には、延髄にある呼吸中枢(脳の中の一部です)から呼吸をしろという命令が出て、その結果横隔膜などの呼吸筋が働き、息を吸ったりはいたりすることができます。
一回の呼吸で吸う息の量を一回換気量といい、「一分間の呼吸数」×「一回換気量」が一分間当たり、どのくらい息を吸ったりはいたりしているかになります(「分時換気量」と言います)。分時換気量のうちガス交換に有効な肺まで到達し、酸素の取り込みと二酸化炭素の排出(ガス交換)に役立っている換気量が「 肺胞 換気量」です。この部分の肺胞には、身体の多くの組織で産生された二酸化炭素などを含む静脈血が流れこみ、体外に二酸化炭素が排出されます。
上気道(鼻、咽頭)、および気管および太い気管支の下気道の部分ではガス交換はなく、この部分は二酸化炭素の排出に役立たないので「死腔換気量」といいます。分時換気量から死腔換気量を差し引いたものが、肺胞換気量となり、二酸化炭素の排出を行います。この肺胞換気量が低下すると二酸化炭素の排出が少なくなり、動脈血中の二酸化炭素分圧が増加します。
肥満低換気症候群では、90%以上は睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing: SDB)として、通常いびきを伴う閉塞性睡眠時無呼吸低呼吸(無呼吸型:臨床個人調査票のフェノタイプB)を伴いますが、まれに、低換気主体(低換気型: 臨床個人調査票のフェノタイプA)の場合があります。低換気とは小さな1回換気量の呼吸が続き、体の中に二酸化炭素がたまっていく状態です。無呼吸型と低換気型が合併することがありますが、その場合、優位な方を患者さんのSDBとします。無呼吸型も低呼吸型も肺の構造は正常である(肺は壊れていない)にもかかわらず肺胞換気量が低下し、動脈血中の二酸化炭素分圧が高くなり、覚醒中でも肺胞低換気になります。正常者では覚醒時の動脈血中の二酸化炭素の分圧は40Torrですが、この病気では少なくとも45Torrを超えてきます。肺の構造は正常ですが、主には肥満の影響で肺活量などの肺機能検査で軽度から中等度の異常をきたすことがあります。睡眠中のSDBによる慢性的な低換気(高二酸化炭素血症)のため、呼吸調節系の異常(呼吸ドライブの低下)をきたし、日中の動脈血中の二酸化炭素の分圧の上昇を来すと考えられています。無呼吸型と低換気型を鑑別する一つの方法に、ポリソムノグラフィー(polysomnography:PSG)という脳波、呼吸運動、血液中の酸素や二酸化炭素のパラメータなどを連続的に測定する夜間睡眠中の検査があります。なお、重症肥満低換気症候群の重症とは初診時に動脈血中の二酸化炭素の分圧が50Torr以上で、治療に後述の非侵襲的換気療法(マスク人工呼吸)が必要な患者さん、あるいは持続気道陽圧呼吸(CPAP)療法を行っても動脈血中の二酸化炭素の分圧が45Torr未満にならない患者さんです。先天性中枢性低換気症候群(CCHS)、特発性中枢性肺胞低換気症候群も呼吸ドライブの低下をきたしています。
睡眠中には覚醒時と比較して、健常人でも呼吸ドライブが低下しますが、指定難病「肺胞低換気症候群」では高度の呼吸ドライブの低下があり、換気量が一段と低下し、動脈血中の二酸化炭素の高度の上昇と酸素分圧の著しい低下を示しします。呼吸ドライブを低下させるような鎮静薬・睡眠薬などは服用していないこと、換気量の低下する脳の病気、神経や筋肉の病気、肺の病気などがないことが診断基準となります。但し、肺の病気や睡眠中の呼吸異常があっても、通常のこれらの病気に比べて、動脈血中の二酸化炭素分圧が非常に高い時には、指定難病「肺胞低換気症候群」を考慮する必要があります。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
難治性疾患政策研究事業の一つである難治性呼吸器疾患・肺高血圧症調査研究班が研究対象としている疾患です。令和2年度の指定難病受給者証所持者数は122名です。およそ4分の1の34名は20∼29歳の患者さんであり、先天異常が比較的若年で発症することが示唆されています。この数字の中に、肥満低換気症候群の患者さん、先天性中枢性低換気症候群(CCHS)の患者さん、特発性中枢性肺胞低換気症候群の患者さんがどのくらい含まれているか詳細は不明です。
3. この病気はどのような人に多いのですか
先天性 中枢性低換気症候群(CCHS)は言葉のとおり、新生児、乳幼児で発見され発症に遺伝子の関与が大きい小児慢性特定疾患です。高二酸化炭素や低酸素ガスを吸入すると、正常では換気量が増加しますが、この換気量の増加が乏しい、あるいは消失しています。医療の進歩により、CCHSの患者さんの一部は成人に到達しており、小児科から成人を扱う呼吸器内科への移行期医療が課題となっています。CCHSは呼吸器内科が扱う病態以外の多様な病態を合併していることが多く、複数の診療科がその管理に関与する必要があります。
特発性中枢性肺胞低換気症候群は成人発症ですが、ほとんどが他の病気を疑われて精査している過程で、動脈血液ガス分析での異常な高二酸化炭素血症が契機となり診断されることが多いのが実際です。この病気も高二酸化炭素や低酸素ガスを吸入すると、正常では換気量が増加しますが、この換気量の増加が乏しい、あるいは消失しています。
肥満低換気症候群は睡眠時無呼吸の精査中に発見されることがほとんどです。高度肥満があり、動脈血液ガス分析での異常な高二酸化炭素血症が契機となり診断されることが多いのが実際です。
4. この病気の原因はわかっているのですか
新生児、乳幼児で発見されるCCHSの患者さんの大多数はPHOX2B遺伝子バリアント(アラニン、非アラニン伸長バリアント(変異))を有しています。海外ではCCHSの診断にPHOX2B遺伝子バリアント(変異)が必須となっている国もあります。特発性中枢性肺胞低換気症候群では、CCHSのPHOX2B遺伝子バリアント(変異)のような明確な遺伝子バリアント(変異)は特定されておらず、成人で特発性中枢性肺胞低換気症候群と考えられた症例において、PHOX2B遺伝子バリアント(変異)が明らかになった場合、成人発症のCCHSと診断されます。
指定難病「肺胞低換気症候群」では、体内で、動脈血中の二酸化炭素あるいは酸素の程度を正常に保つ呼吸調節系の異常が考えられています。からだの二酸化炭素分圧の程度は、主に延髄にあると考えられる中枢化学受容野の化学受容体によってモニターされます。低酸素の程度は、内頸動脈と外頸動脈の分岐部付近にある頸動脈体によってモニターされています。これらの刺激は呼吸中枢に伝達され、二酸化炭素が多ければ呼吸が刺激され、少なければ抑制されます。酸素に関しても、少なければ頸動脈体は刺激されます。肺胞低換気症候群の患者さんでは、高二酸化炭素吸入を行っても、換気量の増加が少なく、また、低酸素ガス吸入による換気量の増加も少なく、これら二酸化炭素あるいは酸素をモニターする機構、あるいは呼吸中枢に至る経路のどこかに障害があるものと考えられます。
5. この病気は遺伝するのですか
PHOX2B遺伝子バリアント(変異)を有するCCHSの患者さんでは次世代へ遺伝する可能性は50%です。挙児希望の場合には遺伝カウンセリングを受けることをおすすめします。その他の疾患は一般的には遺伝しないと考えられていますが、患者さんの数が少なく不明な点が多いのが現状です。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
一番の特徴は、睡眠状態になると高度の高二酸化炭素血症になる「睡眠関連低換気障害」です。睡眠中の呼吸がどのようになっているかは見ているだけではわかりづらく、睡眠検査(PSG)が必要になります。
この病気の症状は、高二酸化炭素血症、低酸素血症などの血液ガスの異常の程度と関係します。異常の少ない初期には自覚症状が乏しく、通常は軽度の二酸化炭素分圧が高いだけでは自覚症状はほとんどありません。しかし病状が進み、さらに二酸化炭素分圧が高くなり、酸素分圧も低くなると体動時の呼吸困難、睡眠中に目覚めた時の息苦しさ、昼間の眠気などが出現し、さらに進むと 右心不全 による浮腫なども出現します。夜間、早朝に頭痛を訴えることもあります。胸部レントゲン写真の異常は少なく、肺機能検査も大きな異常は認めず、軽症の時には動脈血中の二酸化炭素分圧の上昇による症状は乏しく、パルスオキシメータによる経皮酸素飽和度(SpO2)の低下も軽度の時もあります。従って、動脈血採血により、動脈血中のガス分圧を調べないと診断がつかないことがしばしばあり、診断のつけにくい病気と言えます。肺機能検査で大きな異常を認めないので、意識して大きな呼吸すると動脈血中のガス分圧は改善することが多いです。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
この病気では、特に睡眠中に、呼吸する量(肺を出入りする呼吸の量)が少なくなり、結果として体で産生した二酸化炭素が充分に体外に出せなくなり、動脈血中の二酸化炭素分圧が高くなり、酸素分圧が減ります。この病気の治療法としては、呼吸を大きくすることが必要で、特発性肺胞低換気症候群の成人例では通常、鼻あるいは鼻口マスクで非侵襲的換気療法(マスク人工呼吸)が行われます。睡眠中を中心として人工呼吸、マスク人工呼吸を行うのは、この病気の方々は睡眠中の異常呼吸によって体で産生された二酸化炭素の排出が困難となり、夜間に体内で二酸化炭素分圧が高くなり、重炭酸イオンが増え、さらに呼吸ドライブが効かなくなるからです。病気が進行すると、徐々に起きているときの体内の二酸化炭素分圧が増加して、日中の酸素分圧も低下していきます。マスク人工呼吸が使用困難の方や、病気が 重篤 な方は、状況によっては気管切開をして人工呼吸を行いますが、通常はマスク人工呼吸を適切に使用することにより、日中は通常の生活ができる方も多いといわれています。CCHS例では乳幼児期は気管切開人工呼吸、小児・成人になった後に、マスク人工呼吸に変更される患者さんも多くみられます。肥満低換気症候群の患者さんでは重症例ではマスク人工呼吸が必要な人もいますが、通常は鼻(一部は鼻口)マスクから持続的に空気に圧力をかけて送り、患者さんの空気の通り道を拡げる持続気道陽圧呼吸(continuous positive airway pressure: CPAP)療法により改善することが多いです。
主な吸気筋である横隔膜を刺激する横隔膜ペーシングという方法があります。日本では令和元年9月1日に保険適用されました。マスク人工呼吸だけでは同時にともなう低酸素血症の改善が乏しい時には、酸素をマスク人工呼吸回路内に入れることもあります。また、日中の動脈血の二酸化炭素分圧の程度が大きな異常値を示さなくても、夜間睡眠中の血中の酸素分圧が異常に低値を示す方には、マスク人工呼吸を開始する前に 在宅酸素療法 を前もって行うこともあります。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
適切な治療を継続できるかどうかが最大の課題です。治療を中断することにより思わぬ睡眠中の低換気、呼吸停止を招くことがあります。人工呼吸、マスク人工呼吸を中断したりしますと、急激に増悪して、予後が悪化することがあり注意が必要です。マスク人工呼吸により日中の動脈血中の二酸化炭素分圧を正常値近くまで戻せた患者さんの 予後 は悪くないと考えられます。肺胞低換気(高二酸化炭素血症と低酸素血症)以外で、合併している疾患によっても予後は左右されます。
9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか
この病気であると診断され、治療の必要があり、通常の人工呼吸、マスク人工呼吸を開始された場合には、治療の中断は急激な増悪を招くことがあり、主治医から指導を受けた継続的な治療が必要です。治療開始前は軽症であっても、アルコールの飲用、睡眠薬や鎮静薬の服用で睡眠中の呼吸異常が悪化して、急激に動脈血中の二酸化炭素が蓄積する可能性があり、注意が必要です。また、感冒などの軽度の感染や心不全などによって急激に病気が悪化することがあるので注意が必要です。
10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。
肥満低換気症候群
先天性中枢性低換気症候群(congenital central alveolar hypoventilation syndrome: CCHS, congenital central hypoventilation syndrome )
特発性中枢性肺胞低換気症候群
中枢性肺胞低換気、原発性肺胞低換気