下垂体前葉機能低下症(指定難病78)

かすいたいぜんようきのうていかしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

1. 「下垂体前葉機能低下症」とはどのような病気ですか

下垂体とは、頭蓋骨の中で脳の下にぶら下がるように存在する小さな内分泌器官で、前葉と後葉の2つの部分からなります。前葉は6種類のホルモン[副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic Hormone, ACTH)、甲状腺刺激ホルモン(Thyroid Stimulating Hormone, TSH)、成長ホルモン(Growth Hormone, GH)、黄体化ホルモン(Luteinizing Hormone, LH)、卵胞刺激ホルモン(Follicle Stimulating Hormone, FSH)、プロラクチン(Prolactin, PRL)]を、後葉はバソプレシン(抗利尿ホルモン(Antidiuretic Hormone, ADH))とオキシトシン(Oxytocin, OT)を分泌します。
前葉ホルモンは副腎皮質、甲状腺、性腺など数多くの末梢ホルモンの分泌を調節しているため、前葉ホルモン分泌が障害されると、結果的に副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモンなどの分泌にも異常が生じ、ホルモンの種類により多彩な症状が現れます。
下垂体前葉機能低下症とは、下垂体前葉ホルモンの一部またはすべてが何らかの原因で十分に分泌できず、下垂体ホルモン自体およびその調節下にある末梢ホルモンが欠乏した状態を意味します。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

令和4年度の医療受給者証保持数は19,693人です。しかし原因やホルモンの種類が多岐にわたることもあり、実際の患者数は、もっと多いと考えられます。

3. この病気はどのような人に多いのですか

下垂体およびその上にある間脳の部位に何らかの障害が生じた場合に起こります。原因は腫瘍、 炎症膿瘍肉芽腫、手術、放射線などさまざまです。昔はお産の時の大出血が引き金となって出産後に発症することもありましたが、現在では少なくなっています。原因がはっきりしない場合や、生まれつきの遺伝子変異によって起こることもあります。

4. この病気の原因はわかっているのですか

腫瘍、炎症、手術後が原因として最も多いことが知られています。最近では免疫チェックポイント阻害薬に関連したものも増加しています。原因が不明なものの一部は何らかの免疫異常が関係している可能性もあり、現在研究が進められています。

5. この病気は遺伝するのですか

ほとんどの場合、遺伝とは無関係です。しかし血縁者に同じ病気の方がおられる場合は、下垂体に関係した遺伝子の変異が関係している場合もあり、専門医に相談されることをお勧めします。

6. この病気ではどのような症状がおきますか

欠乏したホルモンの種類により、症状は異なります。

欠乏する下垂体ホルモン 欠乏する末梢ホルモン 出現しやすい症状
ACTH 副腎皮質ホルモン(コルチゾール) 副腎不全症状 (疲れやすい、血圧が低い、食欲がなく痩せる、血糖値や血中ナトリウム値が低く、頭がぼーっとしたり意識が無くなったりする、など)
TSH 甲状腺ホルモン 甲状腺機能低下症状 (寒がり、低体温、脱毛、皮膚が乾燥して荒れる、脈が遅い、声が低く喋り方がゆっくりになる、記憶力・集中力が低下する、など)
GH IGF-I(インスリン様成長因子-I) 小児: 成長障害(低身長)など
成人: 体脂肪増加、筋肉減少、骨粗鬆症、気力・体力の低下など
LH, FSH 性ホルモン(アンドロゲン、エストロゲン) 小児: 思春期以後も二次性徴が出現しない
成人男性: 性欲低下、ED、男性不妊など
成人女性: 無月経、不妊など
プロラクチン なし 女性: 分娩後の乳汁分泌低下
男性: 明らかな症状なし

7. この病気にはどのような治療法がありますか

原因となっている病気(基礎疾患と呼ばれます。炎症、腫瘍など)がある場合は、それに対する治療が行われます。その上で、下垂体ホルモン欠乏が原因となっている症状に対し、主に末梢ホルモンの補充療法を行います。
生命の維持に必要なホルモンは副腎皮質ホルモンと甲状腺ホルモンです。ACTHが欠乏している場合は副腎皮質ホルモン(コルチゾール、薬剤名ヒドロコルチゾン)を、TSHが欠乏している場合は甲状腺ホルモン(T4、薬剤名レボチロキシン)を内服します。
LH, FSH の欠乏に対しては、性ホルモンの内服ないし注射による補充を行います。ただしこれから子どもを希望される方は治療法が異なりますので、内分泌内科、泌尿器科や婦人科などの専門医に相談されることをお勧めします。
GH が欠乏すると小児では成長障害(低身長)を発症しますが、成人でも代謝異常が生じます。成人に対するGHの補充は、代謝の改善や生活の質の向上に有益であることが明らかとなったため、自己注射による補充療法がおこなわれています。
なお小児の下垂体機能低下症は小児慢性特定疾患の対象となっており、症状や診断・治療法も成人とは異なります。専門医に御相談ください。

8. この病気はどういう経過をたどるのですか

原因となっている病気(基礎疾患)により経過は異なります。多くの場合、元の病気に対する治療が終了、ないし病状が安定している場合は、欠乏しているホルモンを補充することで、健康な人と同じ生活を送ることができます。しかし低下した下垂体の機能が回復する可能性は一般に低く、長期間ホルモン補充を必要とする場合が多いようです。補充するホルモンの種類や量は患者さんごとに異なりますので、主治医の指導のもとに内服量や方法を調節することが重要です。

9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか

一般に、障害を受けた下垂体組織が自然に再生し機能を回復することは稀ですので、ホルモンの補充を長期間(多くの場合、生涯に亘って)続ける必要があります。自分の判断で使用を中断したり、自己判断で量を変更したりせず、定期的に主治医の指導や検査を受けながら、治療を継続してください。
 
特に、感染症、発熱、外傷などのストレス時には、ヒドロコルチゾン量2~3倍に増量することが必要になります。急性副腎皮質機能不全(副腎クリーゼ)時の救急処置として、ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム製剤が在宅自己注射可能です(バイアルを注射用液で溶解して筋肉内注射しなければなりません)。服薬指導や教育訓練を受け、それを守るよう心掛けてください。万一の時のために、副腎皮質ホルモン内服中であることを示すカードを携帯することをお勧めします(主治医にご相談ください)。

10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。

ゴナドトロピン分泌低下症
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌低下症
甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌低下症
成長ホルモン(GH)分泌不全症
GH分泌不全性低身長症 (小児)
成人GH分泌不全症
プロラクチン(PRL)分泌低下症

11. この病気に関する資料・関連リンク

日本内分泌学会 間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン2023年版(厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業.間脳下垂体機能障害に関する調査研究班)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrine/99/S.July/99_1/_pdf/-char/ja

 

情報提供者
研究班名 間脳下垂体機能障害に関する調査研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年10月(名簿更新:令和6年6月)