先天性横隔膜ヘルニア(指定難病294)
○ 概要
1.概要
先天性横隔膜へルニアとは、発生異常によって先天的に生じた横隔膜の欠損孔を通じて、腹腔内臓器が胸腔へ脱出する疾患をいう。胸腔に脱出する腹腔内臓器には、小腸、結腸、肝臓、胃、十二指腸、脾臓、膵臓、腎臓などがある。
2.原因
胎生初期に連続していた胸腔と腹腔は、胎生8週にはいくつかの襞の融合した膜により分離されるが、後外側から延びる胸腹裂孔膜が形成不全を起こすと裂孔を生じる。その原因として、レチノイン酸合成経路の障害や病因遺伝子の関与が示唆されているもののいまだ明らかな病因は解明されていない。臓器による肺の圧迫によって肺低形成が生じる。このような肺では、出生後に新生児遷延性肺高血圧を来しやすい。
3.症状
出生直後に死亡する重症例から、新生児期を無症状で過ごす軽症例まで非常に幅広い。重症例の病態と症状は、腹腔内臓器の圧迫により生じる肺低形成と、その低形成肺に続発する新生児遷延性肺高血圧の程度に依存している。すなわち、最も重症な例では生直後からの著明な呼吸不全・循環不全により、チアノーゼ、徐脈、無呼吸などを呈し、しばしば蘇生処置を要する。出生直後に蘇生を要さない場合でも、大多数(約90%)の症例では生後24時間以内に呼吸困難症状で発症する。
4.治療法
本症は手術によって横隔膜を修復することで治療が行われる。手術は、一般に呼吸循環状態の安定化を確認してから行う。脱出臓器を胸腔から脱転させたあと、横隔膜の修復を行う。横隔膜の欠損孔が小さければ直接縫合閉鎖、大きければ人工布を用いてパッチ閉鎖を行う。本症の呼吸管理に”gentle ventilation”の概念が導入され、最小限の条件で肺の気圧外傷を回避する呼吸管理が一般的となった。呼吸条件の設定を抑制し、高二酸化炭素血症や低酸素血症を容認して呼吸管理を行う。また一酸化窒素(NO)吸入療法によって肺血管抵抗をできるだけ低下させて、右室の後負荷を軽減させるとともに、肺動脈圧が体血圧を上回る場合には、動脈管の開存を維持して、右心不全を回避しながら心拍出量の維持に努める。
5.予後
2011年に行われた全国調査では、新生児例全体の75%が生存退院し、重篤な合併奇形や染色体異常を伴わない本症単独例では、84%が生存退院している。しかし、近年増加している重症の救命例では、反復する呼吸器感染、気管支喘息、慢性肺機能障害、慢性肺高血圧症、胃食道逆流症、逆流性食道炎、栄養障害に伴う成長障害、精神運動発達遅延、聴力障害、漏斗胸、脊椎側弯症などを発症しやすい。生存例の15~30%程度にこれらの後遺症や障害を伴うことが報告されている。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数
約5,000人
2. 発病の機構
不明(一部の症例では、染色体異常やレチノール代謝に関連した遺伝子の異常が関与すると言われている。)
3. 効果的な治療方法
未確立(ヘルニア自体は手術的に治療されるが、本症に起因した肺低形成そのものは手術で治療することができないため、術後長期間に渡る合併症や後遺症に対する治療を継続する必要がある。)
4. 長期の療養
必要(本症に起因した肺低形成そのものの治療法はなく対症療法に終始するため、術後長期間に渡る合併症や後遺症に対する治療や療養が必要である。)
5. 診断基準
あり(研究班作成の診断基準あり。)
6. 重症度分類
重症例を対象とする。
○ 情報提供元
「小児呼吸器形成異常・低形成疾患に関する実態調査ならびに診療ガイドライン作成に関する研究班」
研究代表者 大阪府立母子保健総合医療センター小児外科 主任部長 臼井規朗
<診断基準>
先天性横隔膜ヘルニアの診断基準
新生児期に以下の2項目のうち、いずれか1項目を満たせばDefinite(確定診断)とする。
1.CT、MRI、超音波検査などの画像診断(出生前検査を含む)で、腹腔内臓器が横隔膜を越えて胸腔内に脱出していることが確認できた場合。
2.胸部単純レントゲン写真で本症が疑われ、手術所見により腹腔内臓器が横隔膜を越えて胸腔内に脱出していることが確認できた場合。
ただし、膜状構造物(ヘルニア嚢)を有した状態で腹腔内臓器が横隔膜を越えて胸腔内に脱出している場合(有嚢性横隔膜ヘルニア)は、横隔膜弛緩症との鑑別を要する。また、外傷などの後天性の原因が疑われる場合は、本疾患から除外する。
<重症度分類>
重症例を対象とする。
重症例
上記の診断方法により本症の確定診断が得られたうち、以下の9項目のうち、少なくとも1項目以上に該当する症例。
a)-2SDを越える低身長又は低体重を示す。
b)精神発育遅滞・運動発達遅滞・その他中枢神経障害を有する。
c)難聴のために治療を要する。
d)人工呼吸管理・酸素投与・気管切開管理を要する。
e)経静脈栄養・経管栄養(胃瘻を含む)を要する。
f)胃食道逆流症のために外科的又は内科的治療を要する。
g)肺高血圧治療薬の投与を要する。
h)反復する呼吸器感染のために1年間に2回以上の入院加療を要する。
i)経過観察又は治療が必要な漏斗胸・側弯などの胸郭変形を有する。
軽症例
上記の診断方法により本症の確定診断が得られたうち、(2)のa)~i)のいずれの項目にも該当しない症例。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない。(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
研究班名 | 呼吸器系先天異常疾患の医療水準向上と移行期医療に関する研究班 研究班名簿 |
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情報更新日 | 令和3年9月(名簿更新:令和6年6月) |