非特異性多発性小腸潰瘍症(指定難病290)

ひとくいせいたはつせいしょうちょうかいようしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
非特異性多発性小腸潰瘍症は、非特異的な組織像を呈する浅い潰瘍が小腸に多発する稀な疾患である。エクソーム解析からプロスタグランジン輸送体をコードするSLCO2A1遺伝子の変異を原因とする遺伝性疾患であることが明らかとなった。慢性の鉄欠乏性貧血と低蛋白血症を主徴とし、炎症所見はないか軽微にとどまる。ばち指、皮膚肥厚や骨膜症などの消化管外徴候を伴うこともある。小腸病変の肉眼所見は輪走ないし斜走する帯状の潰瘍が枝分かれ、あるいは融合しながら多発する。中心静脈栄養療法以外の治療法に抵抗性であり、難治性の経過をたどる。

2.原因
長らく原因は不明であったが、両親の血族結婚例と姉妹発症例があることから常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式を示す遺伝性疾患が疑われていた。近年のエクソーム解析によって、プロスタグランジン輸送体の機能喪失が本症の発症に強く関連することが示された。男女差があることから、発症には性ホルモンや環境要因などの影響もあると考えられている。

3.症状
潰瘍性病変からの持続的な出血による鉄欠乏性貧血、低蛋白血症を呈する。小腸潰瘍以外に、胃や十二指腸の難治性潰瘍を形成することもある。消化管外徴候として、ばち指、皮膚肥厚や骨膜症などの肥厚性皮膚骨膜症の症状を認めることがある。

4.治療法
鉄剤投与や輸血などの対処療法と栄養状態改善のための経腸栄養療法が行われる。中心静脈栄養療法は奏功するが、長期経過例では腸管狭窄に対して、外科手術が必要になることがある。根治療法はない。

5.予後
慢性の貧血や低蛋白血症のため著しいQOLの低下、低栄養に伴う易感染性のリスクがある。また、腸管切除例では小腸機能不全症に至るリスクがある。生命予後に関するデータはない。
 
 
 
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満
2. 発病の機構
不明(SLCO2A1遺伝子変異の関連が示唆されている)
3. 効果的な治療方法
未確立(対処療法のみ)
4. 長期の療養
必要(慢性持続性に経過する)
5. 診断基準
あり(研究班作成の診断基準)
6. 重症度分類
重症例を対象とする。
・ヘモグロビン10.0g/dL以下の貧血、あるいはアルブミン3.0g/dL以下の低アルブミン血症を重症とする。
・合併症として、腸管狭窄による腸閉塞症状を呈する場合を重症とする
 
○ 情報提供元
「難治性小児消化器疾患の医療水準向上および移行期・成人期の QOL 向上に関する研究」
研究代表者 福岡医療短期大学 学長 田口智章
 
 
<診断基準>
Definiteを対象とする。
非特異性多発性小腸潰瘍症の診断基準


 
 
主要所見
A.臨床的事項
長期にわたる鉄欠乏性貧血と低蛋白血症

B.消化管病変(十二指腸~回腸、主に回腸)*
1)と3)、又は2)と3)を認めるもの
1)多発する非対称性の変形や狭窄、輪状狭窄
2)境界鮮鋭で斜走、横走する浅い潰瘍、地図状・テープ状潰瘍
3)生検組織や切除標本の病理組織学的検査で肉芽腫などの特異的炎症所見が見られない

C.SLCO2A1遺伝学的検査 病的バリアントを認める

D.鑑別疾患
1)腸結核(疑診例を含む)2)クローン病 3)腸管ベーチェット病/単純性潰瘍
4)薬剤性腸炎 5)好酸球性胃腸炎 6)放射線性腸炎 7)虚血性小腸炎 8)地中海熱関連腸炎 9)リンパ増殖性疾患などの小腸腫瘍 10)感染性腸炎など

副所見
1)消化管生検組織や切除標本中の血管内皮におけるSLCO2A1蛋白発現低下
2)尿中プロスタグランジン代謝産物(PGE-MUM)濃度上昇
3)肥厚性皮膚骨膜症に合致する所見


<診断のカテゴリー>
Definite:
3つの主要所見A~Cのうち2つ以上を満たし、Dを除外したもの。
 
Possible:
主要所見のA又はBを満たし、副所見のいずれかを認め、Dを除外したもの。


<重症度分類>
重症例を対象とする。
 
・ヘモグロビン10.0g/dL以下の貧血、あるいはアルブミン値3.0g/dL以下の低アルブミン血症を重症とする。
・合併症として、腸管狭窄による腸閉塞症状を呈する場合を重症とする。
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

令和6年4月1日

  • 岡部治弥,崎村正弘:仮称“非特異性多発性小腸潰瘍症”.胃と腸 3:1539-1549,1968
  • 八尾恒良,飯田三雄,松本主之,他.慢性出血性小腸潰瘍 いわゆる非特異性多発性小腸潰瘍症.小腸疾患の臨床.医学書院,176-186,2004
  • 松本主之,中村昌太郎,江崎幹宏,他.非特異性多発性小腸潰瘍症の小腸内視鏡所見 非ステロイド性抗炎症剤起因性小腸潰瘍症との比較.胃と腸 41:1637-1648,2006
  • Matsumoto T, Iida M, Matsui T, et al. Non-specific multiple ulcers of the small intestine unrelated to non-steroidal anti-inflammatory drugs. J Clin Pathol 57:1145–50, 2004.
  • Matsumoto T, Nakamura S, Esaki M, et al. Endoscopic features of chronic nonspecific multiple ulcers of the small intestine: comparison with nonsteroidal anti-inflammatory drug-induced enteropathy. Dig Dis Sci 51:1357–63, 2006.
  • Ohmiya N, Arakawa D, Nakamura M, et al. Small-bowel obstruction: diagnostic comparison between double-balloon endoscopy and fluoroscopic enteroclysis, and the outcome of enteroscopic treatment. Gastrointest Endosc. Jan;69:84-93, 2009
  • Matsumoto T, Kubokura N, Matsui T, et al. Chronic nonspecific multiple ulcer of the small intestine segregates in offspring from consanguinity. J Crohns Colitis 5:559–65, 2011.
  • Esaki M, Umeno J, Kitazono T, et al. Clinicopathologic features of chronic nonspecific multiple ulcers of the small intestine. Clin J Gastroenterol. 8:57-62, 2015
  • 非特異性多発性小腸潰瘍症画像診断アトラス、日本医療研究開発機構医薬研究開発費(難治性疾患実用化研究事業)「難治性小腸潰瘍の診断法お悪率と病態解明に基づいた治療法探索」 2016年3月
  • Uchida K, Nakajima A, Ushijima K, et al. Pediatric-onset Chronic Nonspecific Multiple Ulcers of Small Intestine: A Nationwide Survey and Genetic Study in Japan. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 64:565-568, 2017
  • Hosoe N, Ohmiya N, Hirai F, et al; CEAS Atlas Group. Chronic Enteropathy Associated With SLCO2A1 Gene [CEAS]-Characterisation of an Enteric Disorder to be Considered in the Differential Diagnosis of Crohn’s Disease. J Crohns Colitis. 11:1277-1281, 2017
  • Umeno J, Esaki M, Hirano A, et al; CEAS study group. Clinical features of chronic enteropathy associated with SLCO2A1 gene: a new entity clinically distinct from Crohn’s disease. J Gastroenterol. 53:907-915, 2018
  • Umeno J, Matsumoto T, Hirano A, et al. Genetic analysis is helpful for the diagnosis of small bowel ulceration. World J Gastroenterol. 24:3198-3200, 2018
  • Yamaguchi S, Yanai S, Nakamura S, et al. Immunohistochemical differentiation between chronic enteropathy associated with SLCO2A1 gene and other inflammatory bowel diseases. Intest Res. 16:393-399, 2018
  • Matsuno Y, Umeno J, Esaki M, et al. Measurement of prostaglandin metabolites is useful in diagnosis of small bowel ulcerations. World J Gastroenterol. 25:1753-1763, 2019
  • Tsuzuki Y, Aoyagi R, Miyaguchi K, et al. Chronic Enteropathy Associated with SLCO2A1 with Pachydermoperiostosis. Intern Med. 59:3147-3154, 2020
  • 梅野淳嗣、江崎幹宏、平野敦士、他.非特異性多発性小腸潰瘍症/CEASの臨床像と鑑別診断.胃と腸 52: 1411-1422, 2020
  • 梅野 淳嗣, 江﨑 幹宏, 松本 主之. 非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)の病態と特徴. 日本消化器内視鏡学会雑誌 62: 1457-1466, 2020
  • 内田恵一、井上幹大、小池勇樹、他.小児外科疾患における公費負担医療の種類と申請方法 非特異性多発性小腸潰瘍症.小児外科 53: 332-336, 2021
  • 内田恵一、井上幹大、梅野淳嗣、他.特集 診断困難な小児外科症例:早期診断へのポイントとヒント 非特異性多発性小腸潰瘍症.小児外科 54, 11, 1085-1087, 2022
  • 梅野淳嗣、内田恵一、松本主之.非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS).日本消化器病学会雑誌 119: 201-209, 2022
  • 非特異性多発性小腸潰瘍症画像診断アトラス、難治性疾患等克服研究事業(難治性疾患実用化研究事業)「難治性小腸潰瘍の診断法お悪率と病態解明に基づいた治療法探索」「希少難治性消化器疾患の長期的QOL向上と小児期からのシームレスな医療体制構築」「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」2024年4月改訂第2版
  • 非特異性多発性小腸潰瘍症の移行期支援ガイド
情報提供者
研究班名 希少難治性消化器疾患の長期的QOL向上と小児期からのシームレスな医療体制構築班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年10月(名簿更新:令和6年6月)