先天性僧帽弁狭窄症(指定難病312)
1. 「先天性僧帽弁狭窄症」とは
正常な心臓では、全身の静脈血は上・下大静脈から右心房へ戻り、右心室、肺動脈、肺へと流れ、酸素が豊富な血液となって肺静脈から左心房へ戻り、左心室、大動脈の順に流れていきます。肺で酸素を取り込むため、肺静脈はもっとも多くの酸素を含んでいます。左心房と左心室の間にある弁を僧帽弁と呼びます。
図1:先天性僧帽弁狭窄症(*は狭窄した僧帽弁)
先天性僧帽弁狭窄症は、左心室の入り口にあたる僧帽弁が、生まれつき開きが悪く狭くなっている状態です(図1)。そのため、僧帽弁の手前にある左心房の血圧が上がり、さらにはその手前の肺に血液が溜まる状態(肺うっ血)をきたします。弁下部の異常(単一乳頭筋によるパラシュート弁など)、弁尖の異常(交連部の癒合)、弁上狭窄(左房内の膜状構造)に分けられます。弁及び弁下狭窄では、僧帽弁そのものの構造異常により僧帽弁閉鎖不全を伴うことが多いです。僧帽弁の左心房側の直上に膜様の構造があるために僧帽弁狭窄となることもあり、弁上狭窄輪と呼ばれています。左心室は正常に比べ小さいことがあり、極端な場合には、左心低形成症候群と同様に、左心室を使った治療はできなくなります。
先天性僧帽弁狭窄症は単独で発症する場合、他の左心系閉塞疾患(大動脈弁狭窄症、大動脈縮窄症、左心低形成症候群など)と合併する場合があります。
先天性僧帽弁狭窄症では、左心房へ戻ってきた血液は左心室に流れ込みにくくなり、左心房の圧力は上昇します。そのため、肺静脈 うっ血 による肺水腫 、 肺高血圧 をきたし、体重増加不良、頻回の呼吸器感染症といった症状がでます。新生児期、乳児期より症状を呈する場合には早期からの治療介入が必要で、 予後 不良であることが少なくありません。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか。
左心低形成症候群など他の疾患に合併した場合を除けば、この病気は先天性心疾患のなかでは希な病気です。術後の患者さんを含めると全国で500人くらいの患者さんがいると推定されます。成人になった患者さんがどのくらいいるかは、まだ明らかではありません。
3. この病気はどのような人に多いのですか。
ほとんどの場合は様々な原因が関与して発症するため、特にどのような人に多いという傾向は明らかではありません。しかし、ときに同一家系内に発生する例、染色体異常に伴って発生する例がみられます。
4. この病気の原因はわかっているのですか。
胎児期(胎生30日ころ)に右心房と右心室、左心房と左心室の繋がりができあがって、僧帽弁が形成されていきますが、その過程がうまく行かず、僧帽弁形成障害となりますが、その原因は不明です。
5. この病気は遺伝するのですか。
ほとんどの場合、遺伝はしません。なんらかの遺伝子変異が関係している可能性はありますが、まだ明確ではありません。
6. この病気ではどのような症状がおきますか。
左心房へ戻ってきた血液は左室に流れ込みにくくなり、左心房の圧力は上昇します。肺静脈うっ血による肺水腫、肺高血圧をきたし、体重増加不良、頻回の呼吸器感染症といった症状がでます。
7. この病気にはどのような治療法がありますか?
新生児期、乳児期より症状を呈する場合には早期からの治療介入が必要で、予後不良であることが少なくありません。治療は、乳児期には手術で僧帽弁を拡大することを試みます。手術では、狭い弁尖の開口を拡大したり、乳頭筋の間の間隔を拡大したりしますが、手術も難しいことが多いです。
弁輪のサイズがある程度大きい場合には手術で弁置換(機械弁)をすることもあります。弁輪より上部の左房側に人工弁を植え付けることもあります。しかし、もともと弁の構造が小さいので、理想より小さめの人工弁しか入らないことが多くあります。そのため術後にも肺高血圧が残ることがあり、予後は良くありません。
左心室が小さすぎる場合には、通常の左心室として使用することはできません。従って、使用できる心室が右心室のみであり、左心低形成症候群や単心室症と同じように最終的にフォンタン型手術を目指すことになります。フォンタン型手術を目指す場合、多くは、まずグレン手術を施行してから、フォンタン手術を施行します。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか。
幼少児期より症状を呈する重症例では予後不良です。僧帽弁狭窄が解除されないと、生涯、肺高血圧が持続することがあります。その場合、易疲労や息切れなど心不全症状が小児から成人まで持続することが多いです。
弁形成術で十分な弁の開口が得られた場合や、弁置換術で十分なサイズの人工弁が入った場合には運動制限も軽く、比較的元気に成人期を過ごすことができる可能性もあります。
フォンタン型手術が成立すれば生存率は改善します。しかし、フォンタン型手術に到達して経過の良好な患者さんでも、術後10〜20年以上すると、フォンタンという特殊な循環に伴う様々な合併症が出現してきます(フォンタン術後症候群)。フォンタン型手術は病気を根本的に解決する手術ではなく、あくまで低酸素状態を改善するために行うものです。一つの心室で一生涯、全身の循環を維持することは難しいようです。予後に影響する主な合併症として、心不全、不整脈、 血栓症 の3つがありますが、それ以外にも、低酸素血症( チアノーゼ )の再発、肝障害、腎障害、 蛋白漏出性胃腸症 、特殊な気管支炎など様々です。
9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか。
肺高血圧が残存している場合には、強い運動はお薦めできません。機械弁を用いた弁置換術が施行された場合には、ワルファリンを生涯服用する必要があります。ワルファリンを服用していると、妊娠はお薦めできません。万一、妊娠して出産をどうしても希望される場合は、代わりに長期にわたってヘパリン注射が必要です。長期入院になることもあります。主治医と相談して下さい。
フォンタン型手術を行った患者さんでは上記の合併症に注意して生活することが重要です。心不全の症状としては、顔や手足のむくみ、お腹の張り、息切れや動悸、持続する咳や痰、夜間の息苦しさなどがあります。不整脈の症状としては、動悸、胸痛、めまいなどがありますが、特に失神(意識消失)のあったときは要注意です。これらの症状があったときには早期に病院を受診するようにします。また、血栓症の誘因となる脱水症にも気を付け、血栓予防の薬についても主治医とよく相談し、定期的に血液検査を受け、薬の効き具合を調べるようにします。運動については、激しい運動は困難なことが多いですが、自分に合った適度な身体的活動、運動を無理しない程度に日常に取り入れて体力を付けることも重要です。女性では妊娠のことも問題となります。フォンタン型手術後の女性では、妊娠中に心臓に負担がかかり、危険を伴うことが少なくありません。血栓予防のためにワルファリンを内服している場合は、妊娠は禁止となります。妊娠可能な年齢になったら、早めから主治医の先生、産科の先生とよく相談して十分な知識を持っておくことが必要です。
10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。
該当する病名はありません。
11. この病気に関する資料・関連リンク
① 小児・成育循環器学. 日本小児循環器学会編集. 診断と治療社, 2018.
② 先天性心疾患並びに小児期心疾患の診断検査と薬物療法ガイドライン(2018年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_Yasukochi.pdf
③ 成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/08/JCS2017_ichida_h.pdf
④ 先天性心疾患術後遠隔期の管理・侵襲的治療に関するガイドライン(2022年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/JCS2022_Ohuchi_Kawada.pdf
⑤ 心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2018年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/06/JCS2018_akagi_ikeda.pdf
研究班名 | 先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上、円滑な移行医療、成人期以降の予後改善を目指した総合的研究班 研究班名簿 |
---|---|
情報更新日 | 令和5年1月(名簿更新:令和6年7月) |