左肺動脈右肺動脈起始症(指定難病314)

ひだりはいどうみゃくみぎはいどうみゃくきししょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
左肺動脈が右肺動脈から起始し、右気管支と気管分岐部直上を迂回し、気管の後方及び食道の前方を通り左肺に至る。この異常走行により、右気管支と気管下部及び食道が圧迫される。圧迫の程度により出生直後から重篤な呼吸器症状を惹起しうる疾患である。早期に外科治療が必要である。重篤な気管支狭窄を合併した場合は、成人期には肺気腫、無気肺などによって慢性呼吸不全となる。
 
2.原因
先天性であり、心臓発生異常の起因となる原因は不明である。左第6大動脈弓は正常に形成されるが、左原始肺動脈が閉塞し、左肺動脈と右原始肺動脈間に側副血行路を生じ、左肺動脈右肺動脈起始症(vascular sling)が形成されるとされている。この左肺動脈により右気管支と気管下部が圧迫され、狭窄を起こす。
 
3.症状
1)気管・気管支の圧迫による症状
約90%の症例で出生直後から吸気性喘鳴、呼吸困難などの気管・気管支狭窄の症状が出現する。気管・気管支狭窄が重篤であれば窒息、呼吸促迫、チアノーゼなどの症状が出現し、意識消失や突然死の原因にもなる。呼吸困難は気道感染や体位の変換等により発作性に出現することもある。成人期では気管狭窄側の肺気腫、無気肺を伴い、慢性呼吸不全となることがある。
2)食道圧迫に伴う症状
食道圧迫に伴う嚥下障害などの消化器症状も出現する場合があるが比較的軽微である。
 
4.治療法
早期に外科治療が必要である。左肺動脈を右肺動脈からの起始部で切断し、気管・気管支の前面に移動させて、主肺動脈に吻合する手術を行う。なお、まれに気管・気管支への圧迫症状が軽度の場合には経過観察し、成長後に圧迫解除術を施行する場合もある。左肺動脈再建術後も呼吸器症状が改善しない場合には気管・気管支の再建術やステントを留置して狭窄部位の拡大術を行う場合もある。ただし、効果については意見が分かれる。
 
5.予後
外科的治療により気管・気管支圧迫症状が消失するような症例の予後は良好である。外科的治療後も気管・気管支圧迫症状が持続することがある。重篤な心奇形及び気管支・肺合併症の症例の予後は悪い。気管・気管支の手術を乗り越えても、成人期には、肺気腫、無気肺が進行し、慢性呼吸不全になることがある。呼吸器症状が極めて重篤な場合には呼吸器感染などの合併により死に至る場合もある。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.  患者数
約600人
2.  発病の機構
不明(先天性であり、発病の機構は不明)
3.  効果的な治療方法
未確立(手術も含め対症療法のみである。)
4.  長期の療養
必要(生涯症状は持続する。)
5.  診断基準
あり(学会が作成、承認した診断基準)
6.  重症度分類
New York Heart Association分類を用いII度以上を対象とする。
 
○ 情報提供元
日本小児科学会、日本小児循環器学会
当該疾病担当者:国立成育医療研究センター 院長 賀藤均
長野県立こども病院 循環器科 部長 安河内聰
東京女子医科大学循環器小児科 中西敏雄
 
日本循環器学会
当該疾病担当者:富山大学医学部小児科学教室 准教授 市田蕗子
 
<診断基準>
Definiteを対象とする。
 
A.症状
1.気管・気管支の圧迫による症状
新生児・乳児期以降は窒息、呼吸促迫、チアノーゼ、吸気性喘鳴、呼吸困難、意識消失、成人期では気管狭窄側の肺気腫、無気肺を伴い、呼吸困難、チアノーゼ、易疲労など慢性呼吸不全症状を認める。
2.食道圧迫に伴う症状
食道圧迫に伴う嚥下障害などの消化器症状も出現する。
 
B.検査項目
画像検査で下記のいずれかを満たす。
①心エコーにて、左肺動脈の位置異常及び右肺動脈からの分岐を確認する。
②心カテ時の肺動脈造影、MD-CT(multi detector-row CT)、MRIなどにより、左肺動脈の位置異常及び右肺動脈からの分岐を確認する。
 
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのいずれか+Bを満たすもの
 
〔診断のための参考所見〕
1.身体所見
心聴診所見では合併心奇形由来の心音の異常及び心雑音を聴取、合併心奇形がない限り心音は正常で意義ある心雑音を聴取しない。胸部聴診にて吸気時に笛声音(wheezes)を聴取することがある。チアノーゼ又は呼吸困難を伴う症例では呼気・吸気両相に笛声音を聴取する。
2.胸部X線
胸部X線正面像で気管下部は左側に偏位する。気管・気管支の狭窄像が認められる場合がある。右気管支を圧迫する症例が多く、逆止弁(check valve)となり右肺は肺気腫のため過膨張像を呈する。さらに、病変が進行し閉塞すれば停止弁(stop valve)となり無気肺像を呈する。
3.CT又はMRI
MD-CT(multi detector-row CT)、MRI、肺動脈造影査にて左肺動脈の起始異常、走行異常の形態診断、及び気管・食道との解剖学的位置関係の評価や、気管・気管支に対する圧迫の診断が可能である。肺動脈造影の際には頭側に角度をつけた正面像にて右肺動脈から分岐する左肺動脈が描出される。心エコー・ドプラ検査では主肺動脈から右肺動脈につながり、正常の位置に左肺動脈が描出されず、右肺動脈をスキャンしていくと右肺動脈から左肺動脈が分岐する像が描出される。さらに、心内奇形を合併している場合にはその診断が可能である。
4.気管支鏡検査
呼吸器症状が重篤の場合には気管支鏡検査を行い、左肺動脈からの圧迫の部位及び気管・気管支の狭窄の程度を評価する。
5.呼吸機能検査
肺気腫合併では1秒率が70%以下となり、無気肺も合併すれば、%肺活量が80%以下となり、混合性障害にもなる。
 
<重症度分類>
New York Heart Association(NYHA)分類を用いてII度以上を対象とする。
 
NYHA分類

I度

心疾患はあるが身体活動に制限はない。
日常的な身体活動では疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生じない。

II度

軽度から中等度の身体活動の制限がある。安静時又は軽労作時には無症状。
日常労作のうち、比較的強い労作(例えば、階段上昇、坂道歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。

III度

高度の身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常労作のうち、軽労作(例えば、平地歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。

IV度

心疾患のためいかなる身体活動も制限される。
心不全症状や狭心痛(胸痛)が安静時にも存在する。
わずかな身体活動でこれらが増悪する。


 
NYHA分類については、以下の指標を参考に判断することとする。

 

NYHA分類

身体活動能力
(Specific Activity Scale; SAS)

最大酸素摂取量
(peakVO2

I

6METs以上

基準値の80%以上

II

3.5~5.9METs

基準値の60~80%

III

2~3.4METs

基準値の40~60%

IV

1~1.9METs以下

施行不能あるいは
基準値の40%未満

※NYHA分類に厳密に対応するSASはないが、「室内歩行2METs、通常歩行3.5METs、ラジオ体操・ストレッチ体操4METs、速歩5~6METs、階段6~7METs」をおおよその目安として分類した。
 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

NYHA: New York Heart Association
平成29年4月1日

情報提供者
研究班名 先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上、円滑な移行医療、成人期以降の予後改善を目指した総合的研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和4年3月(名簿更新:令和6年7月)