血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)(指定難病64)
○ 概要
1.概要
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura:TTP)は、1924年米国のEli Moschcowitzによって初めて報告された疾患で、歴史的には1)消耗性血小板減少、2)微小血管症性溶血性貧血、3)腎機能障害、4)発熱、5)動揺性精神神経障害の古典的5徴候で診断されていた。その後、1)2)のみの症例でも同様の病態であることが報告されてきたが、より最近ではADAMTS13活性著減(10%未満)のみがTTPと診断されるようになった。TTPの罹患年令は新生児から老人までと幅広く、日本国内では30~50歳と60歳前後に発症ピークが認められる。罹患率は女性にやや多いが、30~50歳では女性が明らかに多く、高齢になれば男性の比率が高まる。
2.原因
ADAMTS13の基質であるフォンウィルブランド因子(von Willebrand factor:VWF)は、血管内皮細胞で超高分子量VWF多重体(UL-VWFM)として産生され、内皮細胞内に蓄積される。この後、一部は血管内皮下組織に分泌されマトリックスの構成成分となるが、残りの大部分は、様々な刺激によって内皮細胞から血中に放出される。この時、UL-VWFMはその特異的切断酵素ADAMTS13によって切断され小分子化し、止血に適した分子型となる。したがって、ADAMTS13活性が著減するとUL-VWFMが切断されず、血中に蓄積し、末梢細動脈等で生じる高ずり応力下に過剰な血小板凝集が引き起こされ、血栓を生じる。
3.症状
先天性TTPであるアップショー・シュールマン症候群(Upshaw-Schulman症候群:USS)は、生後間もなく新生児重症黄疸で発症する典型的な症例があるが、学童期に繰り返す血小板減少で診断される症例や、成人期以降に習慣性流産などの妊娠時に発症するタイプもある。この発症年齢の差が何故なのかはいまだ不明である。しかし、最近になって小児期に特発性血小板減少性紫斑病(ITP)と誤って診断されている症例で、妊娠を契機にTTPを発症し、USSであると診断された例が多く報告されている。後天性TTPでは、体のだるさ、吐き気、筋肉痛などが先行し、発熱、貧血、出血(手足に紫斑)、精神神経症状、腎障害が起こる。発熱は38℃前後で、ときに40℃を超えることもあり、中等度ないし高度の貧血を認め、軽度の黄疸(皮膚等が黄色くなる。)を伴うこともある。精神神経症状として、頭痛、意識障害、錯乱、麻痺、失語、知覚障害、視力障害、痙攣などが認められる。血尿、蛋白尿を認め、まれに腎不全になる場合もある。
4.治療法
先天性TTP(USS):新鮮凍結血漿(FFP)を定期的に輸注してADAMTS13酵素補充を行い、血小板数を維持する治療が行われる。将来は、現在臨床治験が行なわれている遺伝子組換え蛋白(rADAMTS13)による酵素補充療法が可能となると思われる。
後天性TTP: ADAMTS13インヒビター(自己抗体)によってADAMTS13活性が著減しているので、FFPのみの投与では不十分で、治療は血漿交換(PE)療法が第一選択となる。この際、ステロイド又はステロイドパルス療法の併用が一般的である。
TTPの血小板減少に対して、血小板輸血を積極的に行うことは「火に油をそそぐ(fuel on the fire)」に例えられ、基本的には予防的血小板輸血は禁忌となる。また、難治・反復例に対してはビンクリスチン、エンドキサンなどの免疫抑制剤の使用や脾摘なども考慮される。最近では、抗CD20キメラ抗体であるリツキサンがPEに治療抵抗性を示し、かつ高力価ADAMTS13インヒビターを認める症例に極めて有用との報告が数多くなされている。
5.予後
無治療では2週間以内に約9割が血栓症のため死亡する。血漿交換療法を速やかに開始すれば、約8割は生存可能である。再発・難治例は血漿交換療法が無効なことも多い。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(研究班による)
年間約500人発症(推計)
2.発病の機構
不明(ADAMTS13活性低下の機序が明らかではない。)
3.効果的な治療方法
未確立(根本的治療法なし。血漿交換療法、副腎皮質ステロイド内服などの対症療法)
4.長期の療養
必要(臓器機能障害を伴う。)
5.診断基準
あり(研究班が作成した診断基準)
6.重症度分類
研究班作成の重症度分類を用い、後天性TTP、先天性TTPともに中等症以上を医療費助成の対象とする。
○ 情報提供元
「血液凝固異常症に関する調査研究班」
研究代表者 慶應義塾大学医学部臨床検査医学 教授 村田満
<診断基準>
他に原因を認めない血小板減少を認めた場合、ADAMTS13活性を測定し10%未満に著減している症例をTTPと診断する。抗ADAMTS13自己抗体が陽性であれば後天性TTPと診断する。陰性であればUSSと診断する。
(補足)
TTPを疑う5徴候を認めるがADAMTS13活性が著減していない症例は現在の診断基準ではTTPではないが、直ちに血漿交換などの治療が必要な症例が存在する。
TTPを疑う徴候の目安
① 血小板減少
血小板数が10万/µL未満。1~3万/µLの症例が多い。
② 微小血管症性溶血性貧血
微小血管症性溶血性貧血は、赤血球の機械的破壊による貧血で、ヘモグロビンが12g/dL未満(8~10g/dLの症例が多い)で溶血所見が明らかなこと、かつ直接クームス試験陰性で判断する。
溶血所見とは、破砕赤血球の出現、間接ビリルビン、LDH、網状赤血球の上昇、ハプトグロビンの著減などを伴う。
③ 腎機能障害
尿潜血や尿蛋白陽性のみの軽度のものから血清クレアチニンが上昇する症例もあり。ただし、血液透析を必要とする程度の急性腎不全の場合は溶血性尿毒症症候群(HUS)が疑われる。
④ 発熱
37℃以上の微熱から39℃台の高熱まで認める。
⑤ 動揺性精神神経症状
頭痛など軽度のものから、せん妄、錯乱などの精神障害、人格の変化、意識レベルの低下、四肢麻痺や痙攣などの神経障害などを認める。
除外すべき疾患
① 播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)
TTP症例では、PT、APTTは正常で、フィブリノゲン、アンチトロンビンは低下しないことが多く、FDP、D-dimerは軽度の上昇にとどまることが多い。DICの血栓は、フィブリン/フィブリノゲン主体の凝固血栓であり、APTTとPTが延長し、フィブリノゲンが減少する。
② 溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)
腸管出血性大腸菌(O157など)感染症による典型HUSは、便培養検査・志賀毒素直接検出法(EIA)などの大腸菌の関与を確認する方法や抗LPS(エンドトキシン)IgM抗体などで診断する。
③ HELLP症候群
HELLP症候群とは、妊娠高血圧腎症や子癇で、溶血(hemolysis)、肝酵素の上昇(elevated liver-enzymes)、血小板減少(low platelets)を認める多臓器障害である。
診断は、Sibaiらの診断基準(Sibai BM,et al.Am J Obstet Gynrcol 1993;169:1000)によって行われるが、この基準ではTTPとの鑑別が困難である。ADAMTS13活性が著減していればTTPと診断する。
④ エヴァンズ(Evans)症候群
Evans症候群では直接クームス陽性である。ただし、クームス陰性エヴァンズ症候群と診断されることがあるが、このような症例の中からADAMTS13活性著減TTPが発見されている。
補足
抗ADAMTS13インヒビターをベセスダ法で測定し、1単位/mL以上は明らかな陽性と判断できる。しかし、陰性の判断は必ずしも容易ではなく、USSの診断は両親のADAMTS13活性測定などを参考に行うが、確定診断にはADAMTS13遺伝子解析が必要である。
USS患者の両親は、ヘテロ接合体異常であることからADAMTS13活性は30から50%を示す場合が多い。
なお、ADAMTS13自己抗体は、中和抗体(インヒビター)を測定することが一般的であり、研究室レベルでのみ非中和抗体の検査が可能である。
<重症度分類>
中等症以上を対象とする。
後天性TTP重症度分類
1.ADAMTS13インヒビター 2BU/mL以上
2.腎機能障害
3.精神神経障害
4.心臓障害(トロポニン上昇、ECG異常等)
5.腸管障害(腹痛等)
6.深部出血又は血栓
7.治療不応例
8.再発例
<判定> 有1点、無0点
重症 3点以上
中等症 1点~2点
軽症 0点
先天性TTP(USS)重症度分類
中等症以上を対象とする。
1)重症
維持透析患者、脳梗塞などの後遺症残存患者
2)中等症
定期的又は不定期に新鮮凍結血漿(FFP)輸注が必要な患者
3)軽症
無治療で経過観察が可能な患者
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。