修正大血管転位症(指定難病208)

しゅうせいだいけっかんてんいしょう
 

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○ 概要
 
1.概要
修正大血管転位症とは、左右の心室が入れ替わり、右房→解剖学的左室(右側)→肺動脈へ、左房→解剖学的右室(左側)→大動脈へ連続する疾患である。血液の流れは、正常と同様に静脈血は肺動脈へ、動脈血は大動脈へ流れる(図1)。しかし、全症例の90%に、心室中隔欠損(60-80%)、左室流出路及び肺動脈狭窄(30-50%)、エプスタイン様三尖弁異形成(15-20%)などの何らかの異常を伴うため、それぞれの合併異常に基づく外科治療が必要となる。また心房-心室の特異的な接続のため、房室ブロックや頻拍発作などの不整脈を合併することが多い。さらに、体心室である解剖学的右室は構造的に脆弱であり、生涯にわたり体血圧を維持することは困難であるため、成人期以降では解剖学的右室が機能不全に陥り、心不全や難治性不整脈を発症する。内臓心房位により、内臓正位(95%)と内臓逆位(5%)の症例が存在する。内臓心房正位では(S,L,L)(situs solitus, l-loop, l-transposition)が、内臓心房逆位では(I,D,D)(situs inversus, d-loop, d-transposition)が修正大血管転位となる。

図1:修正大血管転位(心室中隔欠損を伴う)

2.原因
心臓形成の初期、左右の心原基は胚の正中で癒合して1本の原始心臓管を形成する。原始心臓管は律動的な収縮を開始するとともに、胚の右方に屈曲する(心ループ形成、d-loop)。この過程が何らかの原因により障害され、原始心臓管が胚の左方に屈曲すると(l-loop)、内臓心房位は正常であるにも関わらず、左心室が胚の右下方に、右心室が胚の左上方に位置するようになる。その結果、正常とは逆に、左心房には三尖弁を介して右心室が、右心房には僧帽弁を介して左心室が、それぞれ接続するようになる。このような状態は心房-心室不一致(atrioventricular discordance)と呼ばれる。
心房-心室不一致が起こると、その後の心臓流入路、心室、流出路の形成にも二次的な障害が起こることが多く、大血管転位、両大血管右室起始、肺動脈狭窄及び閉鎖、心室中隔欠損などが合併する。この中で、大血管転位(心室¬-大血管不一致、ventriculoarterial discordance)が同時に発症した場合、右心房-左心室-大動脈、左心房-右心室-肺動脈の関係が成立し、心房-心室¬-大血管の間に不一致があるにも関わらず、血行動態は修正され、修正大血管転位となる。
このような発生異常を引き起こす原因の詳細は不明である。特異的な遺伝子異常も明らかではない。
 
3.  症状
[合併異常がない場合]
完全大血管転位とは異なり血行動態は修正されるので、成人まで比較的無症状に経過する。成人期以降は、三尖弁が体心室圧に耐えられず、 徐々に閉鎖不全が進行し、右心(体心室)不全が進行する。房室結節の位置異常及びHis束の走行異常により、約60%の症例で刺激伝導系の異常が見られ、年齢とともに徐々に完全房室ブロックに移行する(2%/年)。
[合併異常がある場合]
血行動態は主に合併病変に基づくが、乳児期より症状が見られる。心室中隔欠損があり肺動脈狭窄がない場合、多呼吸、哺乳不良、体重増加不良など、高肺血流による心不全が主な症状となる。肺動脈狭窄が高度な場合は、低肺血流によるチアノーゼが主な症状となる。三尖弁のEbstein病様の変化が見られる症例では、三尖弁閉鎖不全による右心(体心室)不全が乳児期より進行する。いづれの場合も、年齢とともに、三尖弁閉鎖不全、右心(体心室)不全、不整脈が進行する。
 
4.治療法
合併異常を伴う修正大血管転位症の外科治療は、比較的手術侵襲の少ない機能的修復術(conventional repair)として、心室中隔欠損に対して心室中隔欠損閉鎖術のみを行う場合や、高度な肺動脈狭窄に対して心外導管を用いて解剖学的左室と肺動脈を結ぶRastelli手術が行われる。これらの手術では、解剖学的右心室が生涯にわたり体心室として機能するため、進行性の三尖弁閉鎖不全から右室拡大を引き起こし、最終的に右心不全に陥る。そこで症例によっては、心房内血流転換術とRastelli手術や動脈スイッチ手術を組み合わせて、左心室を体心室とする解剖学的修復術(double switch repair)が試みられる。理想的な手術法ではあるが、侵襲の大きな手術であるとともに、心房内血流転換により心房収縮が制約され、術後遠隔期には心室拡張能不全、心房ルートの狭窄、難治性不整脈などの続発症が問題となる。難渋する頻脈性不整脈にはカテーテルアブレーションが、徐脈性不整脈にはペースメーカー挿入を行う。
修正大血管転位の成人例では、小児期に行われた手術後の続発症を改善するために、手術再介入を必要とすることが多い。様々な治療介入にもかかわらず難治性心不全に陥った症例では、一般に外科的修復は困難であり、最終的には心臓移植以外に救命の方法がない。

図2左:機能的心内修復術(conventional repair、心室中隔欠損閉鎖術)、図2中央:Senning手術による心内血流転換及び動脈スイッチ手術によるdouble switch手術、図2右:Senning手術による心内血流転換及び心外導管を用いたRastelli手術によるdouble switch手術
 
5.予後
修正大血管転位症は見かけ上の血行動態は修正された疾患ではあるが、合併異常の有無と重症度に関連して予後が決まる。合併異常を伴わない場合、80歳代まで生存した報告がある。 しかし合併異常や体心室である右心不全などにより死亡するため、10年生存は64%とも言われている。
合併異常の有無にかかわらず、右心室が体心室である場合は、最終的に右心機能不全に陥る。解剖学的修復術(double switch手術)後の症例では、左心室が体心室となるため収縮力は比較的良好に保たれるが、心室拡張不全や心房収縮の制約、心房内ルートの狭窄、不整脈などの続発症が問題となる。また房室ブロックは加齢とともに頻度が増し、かつ重症化する(年間2%の割合で完全房室ブロックに移行する)。修正大血管転位症の全般的な予後は良好とはいえない。
 
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
141人
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(手術療法も含め根治療法は確立されていない。)
4.長期の療養
必要
5.診断基準
あり(学会作成の診断基準あり)
6.重症度分類
NYHAを用いてII度以上を対象とする。
 
 
○ 情報提供元
日本小児循環器学会、日本成人先天性心疾患学会、日本循環器学会

厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)
「先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上と生涯にわたるQOL改善のための総合的研究」研究班
 
 
<診断基準>
Definiteを対象とする。

A:心エコー検査、multi-slice CT (MSCT)、又はMRI検査のいずれかの検査で下記の所見を認める。
解剖学的右房が解剖学的左室に接続し、解剖学的左房が解剖学的右室に接続する(心房-心室不一致)かつ、大動脈は解剖学的右室から起始して肺動脈の前方に位置し、肺動脈は解剖学的左室から起始して大動脈の後方に位置する(心室-大血管不一致)。
大血管の短軸断面では、大動脈-肺動脈の位置関係は左前-右後になる(内臓正位の場合)。また大動脈と肺動脈は並行している。
※心室中隔欠損、肺動脈狭窄や肺動脈閉鎖、エプスタイン病様の三尖弁異形成などの合併を伴うことがある。

B:心臓カテーテル・造影所見にて下記の所見を認める。
右房から挿入した心室造影では、解剖学的左室構造を認め、この心室から肺動脈が後上方へ起始する。一方、前方に位置する大動脈から挿入した心室造影では、解剖学的右室構造を認める。

<診断のカテゴリー>
Definite: A又は、Bのいずれかで診断されたもの。
 
 
 
 
<重症度分類>
NYHA分類 II度以上を対象とする。
NYHA分類

I度

心疾患はあるが身体活動に制限はない。
日常的な身体活動では疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは
狭心痛(胸痛)を生じない。

II度

軽度から中等度の身体活動の制限がある。安静時又は軽労作時には無症状。
日常労作のうち、比較的強い労作(例えば、階段上昇、坂道歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。

III度

高度の身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常労作のうち、軽労作(例えば、平地歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。

IV度

心疾患のためいかなる身体活動も制限される。
心不全症状や狭心痛(胸痛)が安静時にも存在する。
わずかな身体活動でこれらが増悪する。

NYHA: New York Heart Association
 
NYHA分類については、以下の指標を参考に判断することとする。

NYHA分類

身体活動能力
(Specific Activity Scale; SAS)

最大酸素摂取量
(peakVO2

I

6METs以上

基準値の80%以上

II

3.5~5.9 METs

基準値の60~80%

III

2~3.4 METs

基準値の40~60%

IV

1~1.9 METs以下

施行不能あるいは
基準値の40%未満

 
※NYHA分類に厳密に対応するSASはないが、
「室内歩行2METs、通常歩行3.5METs、ラジオ体操・ストレッチ体操4METs、速歩5~6METs、階段6~7METs」をおおよその目安として分類した。
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の救命率の向上、円滑な移行医療、成人期以降の予後改善を目指した総合的研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和6年7月)