カナバン病(指定難病307)
○ 概要
1.概要
カナバン病は、アスパルトアシラーゼ(aspartoacylase:ASPA)の欠損により、中枢神経系に大量に存在するアミノ酸の一種であるN-アセチルアスパラギン酸(N-acetyl-aspartate:NAA)の蓄積を特徴とする、中枢神経系障害を呈する白質変性症の1つである。病理学的には、白質のミエリン鞘の空胞化が特徴的である。進行性で乳児早期に発症し、座位や発語を獲得することなく進行性の経過を取り呼吸器感染症などで死亡する例が多い。診断は尿中のNAAの著明な上昇(正常上限の20倍以上)、皮膚線維芽細胞中のASPA活性の低下、特徴的な画像所見(頭部MRI上の白質病変)から行う。
2.原因
病因遺伝子は17番染色体短腕に存在し常染色体劣性遺伝形式をとる。ASPAはオリゴデンドロサイトに存在し、NAAとグルタミン酸から、酢酸とアスパラギン酸を生成する。この酢酸は、オリゴデンドロサイトの髄鞘化に際して必要な脂質合成の成分であり、酢酸の生成低下が白質障害の原因の1つとされている。またこの疾患のモデルマウスではオリゴデンドロサイトの成熟が阻害されていることがわかっており、遺伝子変異により、オリゴデンドロサイトの最終分化が阻害されている可能性がある。アシュケナージ系ユダヤ人に多く発症するが、日本では非常にまれな疾患である。
3.症状
多くは乳児期早期に精神運動発達遅滞、筋緊張低下、大頭症、痙性、運動失調が出現する。その後、痙攣や視神経萎縮などを認め、退行し睡眠障害、栄養障害も認める疾患である。そのほか、新生児期に低緊張と経口摂取不良等で発症する先天型や4~5歳で発症し緩徐に構音障害や痙攣が進行する若年型の報告例も見られる。しかし、先天型、乳児型、若年型はそれぞれ重なりがあり、一般的には区別されない。また、同じ変異を持つ家族内でも、同胞の1人が乳児期に死亡し、もう1人の同胞は30歳を超えて長期生存している例もあり、同一変異でも重症度が異なる場合もある。
4.治療法
現時点では根治療法はなく、対症療法が行われる。痙攣に対しては抗てんかん薬の投与が行われるが難治例が多い。また痙性麻痺に対しては抗痙縮薬が用いられる。不足している酢酸の補充療法、NAA軽減を目的としたリチウムなどの治療が試みられたが、症状の改善は認められなかった。現在種々のアデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子治療が治験として試みられている。
5.予後
緩徐進行性と考えられ10歳までに死亡する例が多いとされていたが、現在では経腸栄養法等を用い、長期に生存する例も多いと考えられる。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数
数人
2. 発病の機構
不明
3. 効果的な治療方法
未確立
4. 長期の療養
必要
5. 診断基準
あり
6. 重症度分類
日本先天代謝異常学会による先天性代謝異常症の重症度評価を用いて中等症以上を対象とする。
○ 情報提供元
「遺伝性白質疾患の診断・治療・研究システムの構築」班
代表者 自治医科大学 小児科 教授 小坂仁
疾患担当 国立成育医療研究センター神経内科 医長 久保田雅也
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
A.主要臨床症状
多くは乳幼児期より出現する。
1.精神運動発達遅滞・退行
2.筋緊張低下
3.大頭症
4.痙性
B.検査所見
1.尿中NAAの著明上昇(正常の20倍以上)
2.皮膚線維芽細胞中のASPA活性の低下
3.頭部MRI T2強調画像で両側対称性の皮質下白質優位の高信号、白質優位の萎縮、プロトンMRスペクトロスコピー(1H-MRS法)でNAAピークの増加とNAA/Cho比の上昇
C.遺伝学的検査
遺伝子解析:ASPA遺伝子異常
D.その他の所見
1.視神経萎縮
2.摂食・嚥下障害
3.痙攣
4.運動失調
5.常染色体劣性遺伝形式の家族歴
<診断のカテゴリー>
Definite:Aの3項目以上+B及びCの4項目のうち2項目以上を満たすもの
Probable:Aの3項目以上+B及びCの4項目のいずれかを満たすもの
Possible:Aの3項目以上を満たすもの
<重症度分類>
先天性代謝異常症の重症度評価(日本先天代謝異常学会)を用いて中等症以上を対象とする。
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点数 |
I |
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薬物などの治療状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
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a |
治療を要しない |
0 |
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b |
対症療法のために何らかの薬物を用いた治療を継続している |
1 |
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c |
疾患特異的な薬物治療が中断できない |
2 |
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d |
急性発作時に呼吸管理、血液浄化を必要とする |
4 |
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II |
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食事栄養治療の状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
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a |
食事制限など特に必要がない |
0 |
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b |
軽度の食事制限あるいは一時的な食事制限が必要である |
1 |
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c |
特殊ミルクを継続して使用するなどの中程度の食事療法が必要である |
2 |
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d |
特殊ミルクを継続して使用するなどの疾患特異的な負荷の強い(厳格な)食事療法の継続が必要である |
4 |
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e |
経管栄養が必要である |
4 |
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III |
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酵素欠損などの代謝障害に直接関連した検査(画像を含む)の所見(以下の中からいずれか1つを選択する) |
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a |
特に異常を認めない |
0 |
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b |
軽度の異常値が継続している (目安として正常範囲から1.5SDの逸脱) |
1 |
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c |
中等度以上の異常値が継続している (目安として1.5SDから2.0SDの逸脱) |
2 |
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d |
高度の異常値が持続している (目安として2.0SD以上の逸脱) |
3 |
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IV |
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現在の精神運動発達遅滞、神経症状、筋力低下についての評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
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a |
異常を認めない |
0 |
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b |
軽度の障害を認める(目安として、IQ70未満や補助具などを用いた自立歩行が可能な程度の障害) |
1 |
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c |
中程度の障害を認める (目安として、IQ50未満や自立歩行が不可能な程度の障害) |
2 |
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d |
高度の障害を認める(目安として、IQ35未満やほぼ寝たきりの状態) |
4 |
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V |
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現在の臓器障害に関する評価(以下の中からいずれか1つを選択する) |
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a |
肝臓、腎臓、心臓などに機能障害がない |
0 |
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b |
肝臓、腎臓、心臓などに軽度機能障害がある |
1 |
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c |
肝臓、腎臓、心臓などに中等度機能障害がある |
2 |
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d |
肝臓、腎臓、心臓などに重度機能障害がある、あるいは移植医療が必要である |
4 |
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VI |
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生活の自立・介助などの状況(以下の中からいずれか1つを選択する) |
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a |
自立した生活が可能 |
0 |
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b |
何らかの介助が必要 |
1 |
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c |
日常生活の多くで介助が必要 |
2 |
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d |
生命維持医療が必要 |
4 |
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総合評価 |
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IからVIまでの各評価及び総点数をもとに最終評価を決定する。 |
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(1)4点の項目が1つでもある場合 |
重症 |
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(2)2点以上の項目があり、かつ加点した総点数が6点以上の場合 |
重症 |
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(3)加点した総点数が3~6点の場合 |
中等症 |
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(4)加点した総点数が0~2点の場合 |
軽症 |
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注意 |
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1 |
診断と治療についてはガイドラインを参考とすること |
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2 |
疾患特異的な薬物治療はガイドラインに準拠したものとする |
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3 |
疾患特異的な食事栄養治療はガイドラインに準拠したものとする |
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※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。